夜空に咲く恋

第五十八話 心に火が付く

 花火製作の体験をできる事になった颯太は職員室の前でガッツポーズをした。

(花火製作を体験できるなんて本当に嬉しい!! ……そうだ! この話をあいつにも伝えないとっ!!)

 颯太にとって何よりも嬉しい体験ができる報告を真っ先にしたいその相手は……朱美である。颯太は朱美が在籍する一年C組の教室へ走った。

 学校内は学園祭に向けた準備期間に入っており、生徒達はクラスで行う出し物の準備をしている。朱美が在籍する一年C組はカフェを出店する予定であり、冷凍フルーツとカラフルなシロップを炭酸水に沈めた映えドリンク、スムージー、ハンドドリップで淹れる珈琲を提供する予定だ。

(朱美、この知らせを聞いたら驚くだろうなっ。俺と一緒に喜んでくれるかなっ?)

 颯太は一年C組に向かって走りながら、朱美と七歳の時に交わした約束と共に見た朱美の嬉しそうな笑顔を思い出していた。

「ねぇ颯太君? 大きくなったら、赤い大きな花火! 私の為にドーン! って打ちあげてよ!」
「うん、良いよー! 約束!」

 想像で蘇る朱美の笑顔が颯太の足取りを軽くする。颯太は校舎内を走り一年C組の教室に到着した。少し息が上がる颯太を見つけて初めに声を掛けたのは玲奈である。

「あら坂本君? そんなに慌ててどうしたの?」
「あっ、森田さん! えっと……朱美、居る?」

「村上さんなら学校の外に向かったわ。私達のクラスは文化祭でカフェをやるのだけど、看板だったり飾り付けだったりで段ボールが必要になるから、学校最寄りのスーパーへ段ボール収集に行ってるわ。今さっき出た所だから、まだ校門の辺りにいると思うけど……」

「そっか! ありがとう! じゃあ俺、走って行って来る!」
「ええ、まだ間に合うと思うわ。でも、そんなに慌ててどうしたの? 携帯も使わず直接伝えたいなんて……何か緊急の用事?」

(あっ、そうか……花火の製作体験ができる事はまだ誰も知らないんだ)

 颯太は自分だけが慌てている状況は周囲から見たら不自然であるという事に気付き、まずは玲奈にこの喜ばしい報告を伝える。

「あのね、森田さん! 俺……花火の製作体験をできる事になったんだよ! 先日取材と見学に行った花火業者さんで! 文化祭フィナーレの花火を何個か作らせてもらえるんだって!! 俺、この知らせを朱美に伝えたくって!!」

「本当に!? それは凄いわね! 村上さんがその知らせを聞いたらきっと喜んでくれるわよ。勿論私も嬉しいけどね。でも、ちょっと待って? ......と言う事は、坂本君と村上さんが小さい時にしたあの約束、叶える事ができるのね!」

 玲奈は颯太と朱美が七歳の時に「赤い打ち上げ花火を上げる」と約束した事を知っている。夏の花火大会で不本意なジャンケンの結果、蒼ではなく自分が颯太と二人きりの留守番班になった時、颯太からこの話を聞いている。

「そうなんだよ! じゃあ俺! 朱美を追いかけるから!!」
「ええ、行ってらっしゃい! 気を付けてね!!」
「ありがとう、森田さん!!」

 颯太は再び走り出す。玲奈はその後姿を嬉しそうに……そして、感慨深く見守った。

(坂本君、本当に嬉しそう。良かったわね、小さい頃からの夢が叶って。村上さんとの約束を守る事が出来て……って、やだ。私まで何だかもらい泣きしちゃいそう……)

 颯太は走って朱美を追う。すると、校門を出て少し進んだ所で朱美の後ろ姿を見つけた。隣には蒼も一緒に居る。

「朱美―っ!! ちょっと待ってーー!!」

(えっ? 颯太?)
(あれっ? 颯太君!?)

 只事ならぬ様子で呼びかけながら走ってくる颯太を見て朱美と蒼が足を止める。

「ちょっと、颯太? 一体どうしたの? こんな所まで来て……」

「はあっ、はあっ……あのさ、朱美にどうしても伝えたい事があって……でも、ちょっと待って、息がっ……はあっ、はあっ」
「颯太君、大丈夫?」

 映像写真部の颯太は持久力が無い。息を切らせ両手を膝に当てて屈む颯太の背中に、蒼が優しく手をかける。

「はあっ、ありがとう、蒼さん」
「うん、でもそんなに慌ててどうしたの?」

 息を落ち着かせ、颯太は顔を上げて話し始める。

「うん、朱美、聞いてくれ! 凄いんだよ! 俺、俺っ! 打ち上げ花火の製作体験をできる事になったんだよ! 先日取材と見学に行った花火業者さんで! 文化祭フィナーレの花火! 何個か作らせてもらえる事になったんだよっ!!」

「……えっ?」

 颯太の報告を聞いて驚いた朱美は大きく目を見開く。颯太は驚く朱美を見て、満足そうに笑顔を返す。この時、颯太と朱美の脳裏にははっきりと同じ場景が浮かんでいた。

――颯太と朱美が七歳の時。

「ねぇ颯太君? 大きくなったら、赤い大きな花火! 私の為にドーン! って打ちあげてよ!」
「うん、良いよー! 約束!」

 颯太はこの時に見た朱美の笑顔を今でもはっきりと覚えている。朱美もまた、約束してくれた颯太の笑顔と二人で指切りをした時の事をはっきりと覚えている。しかし七歳の時以来、颯太と朱美がこの約束について話し合う事はなかった。二人は心の中ではっきりとこの約束を覚えているが「相手がこの約束を覚えているかどうか?」については分かっていない。

(そんなっ……そんなっ……颯太が花火を製作するの!? 颯太……覚えてくれてるかな? あの時の約束……七歳の時にした約束……赤い花火を私の為に打ち上げてくれるって言った……あの時の約束っ!)

 颯太からの報告を聞いた朱美は両手を口に当てて固まる。自然と目が潤んできてしまうが、それは颯太に気付かれない様に必死に隠した。一方、颯太もまた朱美にこの嬉しい報告をできた事に感無量となる。

(朱美! 朱美はもう忘れてるかもしれないけど……七歳の時にした約束! 赤い花火を打ち上げる約束! 俺っ……叶えてあげられるんだよっ!!)

「颯太……私、私っ」
「朱美っ……」

 感情が高まって言葉に詰まる朱美と颯太が見つめ合う。また隣で颯太の嬉しい報告を聞いていた蒼も、二人に同調するかの様に気持ちを高ぶらせる。

(颯太君、良かったね! 子供の頃から大好きな花火! 業者さんに見学まで行っちゃう位大好きな花火! 今度は自分の手で製作できるなんて……本当に良かったね! 私の大好きな颯太君! 颯太君が大好きな花火! 大好き! 大好き! 大好きなっ……)

 岡崎市民である蒼もまた花火が好きである。子供の頃から毎年夏は岡崎の花火大会を観てきた。颯太の嬉しい報告を聞いて、蒼の身体と心に染み込んだ打ち上げ花火を観る感動が心の中にふつふつと蘇る。そしてその感動が……蒼の心に大きな火をつける。

(颯太っ! あの約束……七歳の時にした約束……覚えてる!?)
(朱美っ……俺、あの時にした約束をっ……)

 見つめ合う朱美と颯太が、胸に詰まって出てこない言葉を口から押し出そうとしたその瞬間だった。心に火がついた蒼が二人の前で突然大きな声を出した。

「颯太君、聞いてっ!! 私っ、私っ……颯太君の事が好きっ!! 大好きですっ!!」

 蒼は高まる感情に身を任せ……一世一代の告白をした。
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