夜空に咲く恋

第五話 再来の王子

 朱美と颯太が高校に入学してから数日が経過した。朱美が一年C組の教室で鮮烈な高校デビューを果たしていた一方で、颯太はF組の教室で無難に高校生活をスタートさせていた。

 周囲の席につくクラスメイトと出身中学や趣味、入部する予定の部活等についてそつなく会話をこなし、その中でも川口(かわぐち)大樹(たいき)とは互いに気が合う様でよく話す様になっていた。

 一日の授業とホームルームを終え、颯太と川口が言葉を交わす。二人はまだあだ名で呼び合うような親しい仲ではなく、川口は颯太の事を「坂本君」と呼んでいる。

「ふー、今日も終わったね、坂本君」
「うん、お疲れ様、川口君」

「そう言えば、来週から部活動の仮入部が始まるよね。俺は卓球部に入る予定だけど、坂本君は部活どうする? 中学の時は美術部だっけ?」

「そう、中学は美術部。で、高校はどうするかまだ迷ってるけど、とりあえず映像写真部を見学しようと思ってる」

「映像写真部!? それはまた意外なトコ突くねー。何で映像写真部に?」

「元々、絵とか写真が好きだからね。でさ、ちょっと身の上話にもなるけど……」
「うん、どうぞ」

「父親が自宅兼事務所で税理士の仕事しててさ、色んな職業の人が家に来るわけよ。で、その父親からよく、この仕事はこうでああで、あの仕事はこうでああで……と話を聞くんだよね。その話は知らない事ばかりなんだけど、聞いてると結構興味深くて面白くてさ」

「へー、私生活が職業学習の場所じゃん、良いねー。でもそれが映像写真部とどう繋がるの?」

「俺、知らない事を知るのが好きっていうか、楽しいみたいでさ。勿論まだ漠然としてるけど将来はそういう、色んな事を自分が知って、それを他の人にも知ってもらって……みたいな報道とかの映像制作とかに関わるのが楽しいのかなって」

「ほうほう、こちらにおわす坂本颯太様は既に将来の進路を見据えてらっしゃると」
「ぶっ」

 川口から出た聞き慣れない不自然な尊敬語に颯太は吹いてしまう。

「まぁ、そんな大層なものじゃないけど……で、ここで登場するのが『地域社会部』の存在なのですよ」

「なるほど、『地域社会部』ね。話がちょっと見えてきた」

 川口は颯太の説明にさも納得したかの様に、わざとらしくグーにした手をポンッと反対の手のひらに当てて相槌を打った。そのわざとらしさにまたも颯太は吹いてしまう。

 ここで颯太が通う私立岡崎中央商業高校について説明が必要になる。岡崎城を中心とした岡崎公園の近くにある高校で、愛知環状鉄道と名古屋鉄道のどちらでも通学する事ができる。

 在籍人数は一学年につき約二百四十名。卒業後の進路は就職が約六割、進学が約四割。一年生は全員が共通の基礎学科を学び、二年生になると進学希望学科と就職希望学科にクラス分けされる。

 そして、就職希望学科に在籍する有志の生徒で組織される「地域社会部」が行う「地域社会交流活動」がこの学校の大きな特徴であり、学校のPR事例としてパンフレットにも掲載されている。

 その内容は「地域の人々と文化事業交流を行い、社会に役立つ人材として成長する」とう理念の下に行われる活動で、具体的には地元企業の交流や見学、取材、広報の支援活動を行っている。また、快く協力してくれる企業や商店などの中には学生とのコラボ商品を製作販売している所もある。

 この「地域社会交流活動」と繋がりが深い部活が映像写真部である。「地域社会交流活動」で行われた撮影素材や取材情報を編集して学校内SNSに配信を行ったり、時には一緒に取材をしたりもする。

 父親の影響で様々な職業に興味を持つ颯太にとっては心惹かれる部活である。勿論、映像写真部は地域社会交流活動の助勢だけではなく、写真や映像制作が好きな者はコンクールへの応募や文化祭での発表も行う。また、体育祭や文化祭などの行事があれば撮影編集した映像を校内SNSの中で発信する活動も行う。

 颯太は川口に話を続ける。

「そうそう。映像写真部に入れば、学校外で地元企業と交流して活動する地域社会部と関われるって事だからね、いろいろ学ぶ機会になるかもしれないし見学してみたいんだ」

「なるほどだねー。坂本君は将来の事をちゃんと考えてて凄いね。俺なんて卓球部だから、閉め切った体育館の中でコンコン球を打ってるだけの根暗人間だよ」

「ははっ、それ卓球部の人に失礼っ」
「ふふ、ナイスツッコミ、坂本君」

「じゃ、来週からはお互い部活で忙しくなりそうだから、今日はさくっと帰りますか」
「ですな。じゃ、また明日」

 颯太は自転車通学の川口と教室で別れ、一人で学校を出ようとする……と、下足室で朱美の後姿を見つけた。朱美も一人で居たので声をかける。

「朱美、帰るところか?」
「あ、颯太。うん、今から帰るところだけど……」

 朝は一緒に通学している朱美と颯太だが、クラスが異なると学校内や帰宅時に会う機会は少ない。下足室に一人でいる朱美の姿を見た颯太は「朱美も一人で帰宅する」と先入観を持ってしまい、何の疑問もなく声をかけて一緒に歩き出そうとした。

 しかし、朱美がすぐに歩き出さずに立ち止まっていると、下足室の後ろから朱美を呼び止める元気な声が飛んできた。朱美のクラスメイトでC組女子バスケ部三人組の一人、長身の三浦蒼だ。

「朱美ちゃーん! 待ってー!」
「蒼ちゃん、こっちこっちー」

 元気な声に振り向いて応える朱美に、颯太は申し訳ない顔を浮かべる。

「ごめん、一緒に帰る友達居たんだな」

「うん、同じクラスでバスケ部に入る予定の三浦蒼ちゃん。名鉄で通ってる子で岡崎公園まで一緒に歩いてるんだ。紹介するね」
「そっか」

 蒼が手を振りながら朱美と颯太に近づいてくる。しかし蒼は、颯太の顔をしっかり視認できる距離まで近づくと、急に時間が止まったかの様に固まってしまった。蒼の顔には「自分の目に映る颯太の姿が信じられない」……と言った驚嘆の様相が溢れている。

「あっ、えっ、あのっ……」

 言葉にならない言葉が蒼の口から零れ出る。固まる上半身の両脇では蒼の両手が小刻みに震えている。そんな蒼の異変に気付くかどうか……というタイミングと同時に、朱美は颯太の紹介を始めていた。

「蒼ちゃん、紹介するね。これ、坂本颯太。私の幼馴染だよ……って、あれ? どうかした?」

「待て、『これ』って言うな。うん? 何か様子が……大丈夫ですか?」

(えっ!? 坂本、颯太……君って言ったよね! やっぱり!? 本物のっ……坂本颯太君だっ!? 私の、私のっ……)

 予想外に発生した突然の出来事に、蒼は心の内に留めたはずの一言が口から出てしまう。

「私の王子っ!!」

 蒼は無意識のうちに叫んでしまった。

「はっ?」
「え?」

 蒼が突然叫んだ「私の王子っ!!」という意味不明の言葉に、颯太と朱美はただただ戸惑いの表情を浮かべた。
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