夜空に咲く恋

第六十話 告白の後

 蒼は衝動的な告白を終えた後、朱美が感激と喜びで自分の為に友情の涙を流してくれている……と思いながら朱美の身体を強く抱きしめていた。しかし、朱美は蒼の身体を抱き返す事ができなかった。蒼は反応が無い朱美の様子に違和感を覚える。

「朱美ちゃん……?」

 蒼が朱美を見つめる。朱美は涙を流している。その涙は……七歳の時に交わした颯太との約束と、蒼が望む告白の返事が相容れないものとなってしまった悲運を嘆く涙である。颯太が製作するのは約束の赤い花火か? 告白の青い花火か? ……どちらか一つしか選ぶ事が出来ないという葛藤と混乱から流れる涙である。

(蒼ちゃんっ……颯太っ……)

 朱美は感情の整理ができない。自分を見つめる蒼の顔を辛くて見ていられない。

「蒼ちゃん……ごめんなさいっ!!」

……ドンッ!! ダダダッ!!

「わっ! 朱美ちゃん!?」

 朱美は堪らず蒼を突き放し、その場から走り去った。

(蒼ちゃん……ごめんなさい! 私っ……私っ……! 颯太がっ……颯太との約束がっ!)

 朱美は泣きながら走り続けた。行先は自分でも分からない。ただ蒼の前から立ち去りたかった。朱美は足の向くまま……全力で走り続けた。

(私は蒼ちゃんの恋を応援していたはずなのに……なのにどうして!? 青い花火! 告白の返事がOKだったら颯太が青い花火を作っちゃう!? ……それがどうしてこんなに悲しいの!? 辛いのっ!? 苦しいのっ!? どうして涙が止まらなくなるの!? ああっ……!!)

 朱美に突き放された蒼はただならぬ様相で走り去った朱美を心配したが、見失ってしまい後を追う事ができなかった。蒼は朱美の携帯に心配している旨のメッセージを送り、ひとまず玲奈へ報告をする為に学校へ戻った。

(私……颯太君に告白できたんだ! 朱美ちゃんの様子がおかしかったのは心配だけど……でもまずは玲奈に報告しないとっ!)

 蒼が興奮冷めやらぬ表情で教室に戻ると、玲奈が出迎えてくれた。

「蒼、お帰りなさい。段ボールは?」
「……えっ?」

「……」
「……」

 蒼と玲奈が無言で見つめ合う。

 蒼が学校の外に出ていた目的は文化祭の準備で使う段ボールの回収である。朱美と一緒に学校最寄りのスーパーから段ボールを持ってくるはずだった蒼が、何も持たずに帰って来た事に玲奈が疑問を感じるのは当然である。

 しかし、蒼の事情は段ボールどころではない。中学の頃からずっと想い続けてきた颯太に告白をした。蒼本人にとっても親友の玲奈にとっても大事件だ。ずっと蒼の恋を見守り、応援してくれた玲奈への報告は最重要事項である。

「玲奈! 段ボールは後っ! 良いから来て!!」
「ええっ!? ちょっと蒼っ!?」

 蒼は玲奈の手を取り、教室から人《ひと》けのない校舎裏へ連れ去った。そして周囲に誰も居ない事を確認すると、玲奈の両手を取って歓喜の気持ちを露わに告げた。

「玲奈っ! 私っ……私っ……ついにやったよ! やったんだよっ! 颯太君に! 坂本颯太君に……告白したのっ!!」
「えっ……」

 信じられない蒼の報告に玲奈は大きく目を見開く。蒼は玲奈を思いっきり抱きしめ、大声で叫ぶ。

「玲奈っ……ありがとう! 颯太君に告白できたのはずっと玲奈が応援してくれたおかげだよっ! 本当にありがとうっ!!」

「本当に……本当なのっ!? 蒼……本当に坂本君に告白できたの!?」
「うんっ、そうだよ! 本当の本当!! 玲奈っ!!」

「そう……そう……良かった。良かったわね蒼! おめでとう!! よく頑張ったわねっ!! ああっ……私も嬉しいわっ!!」
「うんっ! うんっ! ありがとう玲奈っ!!」

 蒼と玲奈……親友同士で喜びを分かち合う。二人は暫くの間抱きしめ合う。そして二人が喜びの分かち合いに満足した後、玲奈は詳しい話を蒼から聞き出そうとする。

「もう……本当に蒼には驚かされるわね。でもどうして? どうやって坂本君に告白したの?」

「うん、実はね……あっ、でもまず聞いて! 坂本君が打ち上げ花火の製作体験をできる事になったの! それで……」

 蒼は告白の一部始終を玲奈に告げた。颯太が花火の製作体験をできる事、朱美の前で颯太に告白した事、そして颯太に告白の返事として青い花火の製作を願った事……蒼は玲奈に話をしながら再びその表情に興奮が蘇る。蒼の話を初めは嬉しそうに聞いていた玲奈であったが、話の途中から両手で口を押えて困惑の表情を見せ始めた……。

(そんなっ……蒼っ……何て告白をしてしまったのっ!? しかも村上さんの目の前でっ!?)

 朱美と同様に只ならぬ雰囲気で困惑する玲奈の様子に、興奮していた蒼も戸惑い始める。

「玲奈……どうしたの?」
「……」

(蒼……あなたの真っすぐで素直な良い所がこんな事を引き起こしてしまうなんて……あっ、でも村上さんは? 蒼の告白を目の前で聞いた村上さんは今どうしてるの!?)

 玲奈は、朱美と颯太が七歳の時に赤い打ち上げ花火を上げる約束をした事を知っている。颯太からその話を聞いている。しかし、朱美がその約束を覚えているか? ……は定かではない。ただ「蒼の告白がOKなら青い花火を作って欲しい」と目の前で言われた直後に朱美が取り乱して走り去った事から察すると……蒼の告白が朱美にとって大きな意味を持つ事は容易に想像できた。玲奈は自分の中で状況を整理しながら蒼に答える。

「蒼……私は蒼が坂本君に告白できた事は凄く嬉しいわ。告白出来て本当に良かった……って思ってる」
「うん、ありがとう玲奈!」

「それでね……今、村上さんはどうしてるの?」
「朱美ちゃんは……走って行っちゃって今どこに居るか分からないの。携帯にメッセージは送ったけど返事がなくて……」

(そっか……蒼の事も大切だけど、村上さんの事も放ってはおけないわね。蒼は坂本君と村上さんが七歳の時にした約束を知らないから……今は私一人で村上さんを探しに行ってあげないと!)

 もし蒼が颯太と朱美が七歳の時に交わした約束の事を知ってしまったら、蒼はきっと自分がした告白の内容を後悔して苦しんでしまう。玲奈は蒼と朱美……大切な二人をどちらも傷つけずに済む様、一人で朱美を探しに行く事を提案する。

「蒼? 私、ちょっと気になる事があるから……村上さんを一人で探しに行ってもいい?」
「えっ?」

「蒼……お願い。今は……私の思うようにさせて!」

 玲奈が蒼の目をまっすぐ見つめて懇願する。全幅の信頼を寄せる親友の玲奈がここまで言うのであれば、蒼も玲奈を信用して全てを託す。

「うん……お願いできる? ねえ玲奈? もしかして私……朱美ちゃんが何か傷つく様な事をしちゃったのかなぁ!?」
「蒼、それは無いから安心して! て言うか、私も村上さんの話を聞いてみない事には分からないけど……」

「そっか、そうだよね……ごめん玲奈。朱美ちゃんの事……お願い!」
「ええ、じゃあ私、行ってくるから!!」

……ダッ!!

 玲奈は携帯を手に取り、朱美に通話コールをしながら走り出した。
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