夜空に咲く恋
第六十一話~第七十話

第六十一話 玲奈の親友

 蒼の前から逃げ出す様に走り去った朱美は、岡崎城の側を流れる乙川の畔に腰掛けていた。ゆったりと流れる乙川越しに岡崎城が見えるこの場所は、朱美が子供の頃から好きな場所である。蒼の告白を目の前で見た後、整理できなくなった自分の感情を落ち着かせる為に朱美はこの場所で休んでいた。

 一方、玲奈は蒼と別れて携帯を手に取り朱美に通話コールをしながら走り出していた。

(村上さん、お願いっ! 通話に出て!)

……ピピピッ、ピピピッ。

(携帯鳴ってる……えっ? 玲奈ちゃんから?)

 朱美は涙で腫れあがった目をこすりながら、携帯の通話ボタンをタッチする。

「もしもし……? 玲奈ちゃん?」
「出てくれて良かった! 村上さん、今どこにいる!?」
「今? 私……乙川の畔に居るよ。岡崎城が見える所で座ってる」

「そっか……私ね、蒼から『坂本君に告白した!』って聞いたの。で、その後に村上さんが走ってどこかに行ってしまったと聞いて……それで心配して電話したの!」

「あっ……ごめんね、心配かけちゃって。でも大丈夫だよ。もう少しして落ち着いたら戻るから……って、あっ! そう言えば文化祭で使う段ボール! 回収してなかった!」

「もう! 今は段ボールなんてどうでも良いわよ! 村上さんは大丈夫なの!?」
「うん、私は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、玲奈ちゃん」

(玲奈ちゃん……私の事、こんなに心配してくれるなんて優しいな。明るくて楽しい蒼ちゃんと友達になれたのは嬉しい事だけど、こんなに優しく心配してくれる玲奈ちゃんと友達になれた事も本当に嬉しいな……)

 朱美は「玲奈が七歳の時に自分と颯太が交わした約束を知らない」……と思っている。まさか颯太の口からその約束が玲奈に伝わっているとは想像もしていない。玲奈は、蒼の告白を見た後に走り去ってしまった自分の状況のみを心配してくれている……と思っている。

 しかし、玲奈は朱美と颯太の約束を知っている。蒼がした告白のせいで二人が交わした約束を果たす事ができなくなる……と思うと居ても立っても居られなくなったのである。玲奈は高校に入学からずっと朱美と親しくしてきた。気の合うクラスメイトである。共にバスケ部で練習する戦友でもある。蒼の恋を一緒に応援してきた仲間でもある。玲奈にとってもはや朱美は親友である。

 玲奈は大切な親友である蒼と朱美……二人に傷ついて欲しくはない。自分が朱美と颯太の約束を知っている事、蒼が頑張って何も知らずに蒼らしい告白をした事……自分の立場で朱美と蒼の為にできる事を必死に探す。

「村上さん聞いて! 私は今、学校……教室の近くに居るんだけど、村上さんの荷物を持って今からあなたの所に行くわ。今日はもう学校に戻らなくて良いから! 家に帰るのに必要な荷物は何!? 教えて!」

「えっ……そんな、いいよ。何だか申し訳ないし」

「何も気にしなくて良いわよ! 蒼から聞いた話だと、村上さんの様子が只事ではなかったみたいだから……だからお願い! 私にできる事をさせて!」

(玲奈ちゃん……本当に優しいな……ありがとう)
(村上さん……今はきっと蒼には会いたくないでしょう!?)

 正直、朱美の本心はこのまま学校に戻り蒼と顔を合わすのは気まずいと思っている。できれば今日は帰宅して一人で過ごしたい心境である。朱美は少し考え、今日は玲奈の優しい気遣いに甘える事にした。

「ありがとう玲奈ちゃん……荷物は私がいつも持ってる鞄一つだけだよ。何も入れたり出したりしなくて良いから、そのまま持って来てもらえる?」

「鞄一つだけね。分かったわ。今からそちらに行くから……ちょっと待っててね!」
「うん……ありがとう、玲奈ちゃん」

 程なくして玲奈が朱美の元に到着し、朱美の鞄を手渡す。玲奈は急いで走ってきた為、息が上がっている。

「はあっ、はあっ……村上さん、お待たせ。はい、これ鞄」
「ありがとう玲奈ちゃん。ごめんね、面倒な事を頼んで……」

「何を言ってるのよ? これは私が言い出した事なのだから気にしないで」
「うん……」

 蒼の告白を目の前で見てしまい……そしてその告白が自分にとって衝撃的な内容であった為に、朱美は普段通りの元気な声を出せない。腫れあがった瞼《まぶた》、元気のない声……朱美の様子を見て、 玲奈は寄り添う様に座って話を始める。

「村上さん、私も座るわね」
「うん」

「それにしても……蒼にはびっくりさせられるわ。まさか突然坂本君に告白してしまうなんて」
「あはは……そ、そうだよね」

 朱美は無理やり笑顔を作る。玲奈はその不自然な笑顔を覗き込み、朱美に対する心配と心遣いを少しずつ出してゆく。まずは朱美の肩に優しく手を乗せ、優しくさすりながら言う。

「ところで村上さんは大丈夫? 蒼が告白した後、様子が変だったみたいだけど……」
「うん、玲奈ちゃん……」

 朱美にとって玲奈の存在は、玲奈にとっての朱美と同様に……入学初日から気の合うクラスメイトであり、バスケ部の戦友でもあり、蒼の恋を一緒に応援する仲間でもある。朱美にとってもやはり……玲奈は親友である。
 
 朱美は「七歳の時に颯太と交わした赤い花火を上げる約束については玲奈に黙っておこう」と思っていた。蒼が告白の返事に青い花火を希望した今、蒼や玲奈にこの約束について話してしまったら、蒼の恋を壊しかねない……また、蒼と玲奈との友情を壊しかねない……大きな問題となってしまった。蒼と玲奈の事を想うと、この問題を誰にも言わずに一人で抱え込む事しか思いつかなかった。しかし……

蒼と颯太の事を想うと心の内に一人で抱え込むには耐えられない大きな問題となってしまった苦悩に……

自分を気遣って学校からすぐに駆けつけてくれた玲奈の優しさに……

自分の顔を心配そうに覗き込んで肩に手をかけてくれる玲奈の優しさに……

朱美が心の中に造っていた堰は崩れてしまう。一人で抱え込もうとしていた苦悩が抑えられずに一気に流れ出てしまう。

「玲奈ちゃんっ……私っ……私っ……ああっ!」

(私のせいで! 私が颯太とあんな約束をしたせいで! 蒼ちゃんを……颯太を……苦しめてしまうっ!? ああっ!!)

 朱美の目から大粒の涙があふれ出る。一粒……また一粒……と朱美の苦悩を代弁するかの様な涙が止まる事なくあふれ出る。

(村上さんっ……こんなに苦しんでるなんて! ……やっぱり、蒼の告白は村上さんにとって大変な事だったのね!?)

「村上さんっ!」

 玲奈は涙を流す朱美を抱きしめる。朱美は玲奈の優しさに包まれるように……その身を玲奈の腕の中に委ねる。

「ああっ! 玲奈ちゃんっ……ごめんっ! ごめんねっ! 私っ……私っ……!! あああっ、ごめんなさい! ごめんなさいっ!!」

「もうっ! 謝らなくて良いのよ! 村上さん!! 謝らなくて良いからっ!!」
「あああっ! 玲奈ちゃんっ!!」

 ゆったりと流れる乙川の畔で、玲奈は泣き崩れる朱美を優しく抱きしめた。
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