夜空に咲く恋

第六十二話 玲奈と朱美

 玲奈は泣き崩れる朱美を優しく抱きしめた。

「村上さんっ……辛かったら泣いていいわよ。私、ずっとこうしているから!」
「ああっ! ああっ! ありがとう……玲奈ちゃん! あああっ!」

 朱美は暫くの間、玲奈に抱かれて涙を流し……そして漸く落ち着きを取り戻し始めた。

「はあっ、はあっ……ごめんね、玲奈ちゃん。迷惑かけて……私を慰めてくれて……」
「何を言ってるのよ! 私達……親友でしょ!!」

「……」
「……」

 朱美と玲奈……二人はお互いの事を大切に思い、心の中ではそれぞれ相手を「親友」だと思っている。しかし「親友」という言葉を口に出して使ったのは初めてである。朱美は驚き、玲奈は照れる中……二人の目線がぱっと合う。

「ぷっ」
「ちょっと村上さん! 何で笑うのよ!」

「ご、ごめん、玲奈ちゃん……私の事を『親友』って言ってくれるんだね。ありがとう! ……私も玲奈ちゃんの事は親友だと思ってるよ。でも、口に出して言うのはちょっと恥ずかしいね」

「もう、村上さん! 私……こういうの苦手なんだから! 本当は凄く恥ずかしいんだからね!」

「うん、本当にごめんね……でもありがとう! 私、一人でどうしたら良いか分からなくて……玲奈ちゃんが来てくれて良かったよ。やっぱり玲奈ちゃんは頼りになるね。流石あの蒼ちゃんの親友!」

「ありがとう。でも私はもう村上さんの親友でもあるのよ」
「玲奈ちゃん……」

「……」
「……」

 再び「親友」と言ってしまったものの……自分の台詞が少し恥ずかしかった事に玲奈は照れる。そしてその照れを隠すように、話題を友情から気になる本題に近づけようと話し始める。

「ところで村上さん? 聞いてもいいのかしら? 蒼の告白を見てこんな風になるなんて……村上さんに一体何が起きたの?」

「えっと、それは……」
「あっ、ごめんなさい。言いにくい事であれば言わなくても良いわ」
「……」

 朱美は「七歳の時に颯太と交わした赤い花火を打ち上げる約束」について、初めは玲奈には黙っているつもりだった。蒼が告白の返事として颯太に青い花火を希望した今、自分と颯太との約束は蒼の大切な恋を壊しかねない……また、蒼と玲奈との大切な友情を壊しかねない……大問題となってしまった。

 しかし、自分を心配してすぐに駆けつけてくれた玲奈を目の前にして……玲奈の優しさの前で泣き崩れる自分をさらけ出した後で……今更「何でもない」は親友には通じない。朱美は意を決して颯太と交わした約束について話す事にした。

「あのね玲奈ちゃん。私ね……颯太と七歳の時、ある約束をしたの……」

 朱美は颯太と交わした「赤い花火を打ち上げる約束」について玲奈に話した。玲奈は朱美と颯太の約束について初めて聞くふりをしながら……嫌な予感が的中してしまった事を嘆く。

(村上さん……やっぱり坂本君との約束を覚えていたのね……)

七歳という子供の頃の純粋な朱美の気持ち、颯太の気持ち……

颯太が子供の頃から花火を大好きでいて、製作体験できる事を本当に喜んでいた純粋な気持ち……

中学の頃に颯太と出会って以来、颯太の事をずっと想い続けてきた蒼の純粋な気持ち……

誰も悪くない。どこにも非は無い。ただただ純粋な気持ちが重なっただけの偶然が朱美と蒼を苦しませる悲劇を起こしてしまった事に、玲奈は胸が張り裂けそうになる。

(そんな……村上さん……坂本君……蒼……皆の素直で純粋な気持ちが偶然重なっただけなのに! こんな悲しい事になるなんて!)

 玲奈は手で顔を覆い、悲しみに悶える。

「玲奈ちゃん……?」

 黙ってしまった玲奈を朱美が心配する。玲奈も朱美に無駄な心配はさせない様に何かを言わなければならない……と感じるのだがここで一つ、玲奈の中である疑問が蘇った。それは朱美と知り合って以来、いくら考えても答えに辿り着かなかった疑問である。

(村上さんは……坂本君の事をどう思っているのかしら?)

 朱美と颯太が七歳の時に交わした約束は「朱美が自分の名前にも含まれる大好きな赤色の花火を颯太が打ちあげる事」である。勿論、花火製作から打上げ作業の全てを颯太が行う訳ではない。大人になって仕事をして稼ぐ様になってから、予算を作って花火業者に発注をすれば叶う約束である。

 しかし蒼の告白という恋愛が絡んだ今、大粒の涙を流して泣き崩れる朱美の行動は、やはり玲奈の中で「朱美は颯太をどう思っているのか?」という疑問に帰着する。もし朱美が颯太の事を異性として何とも思っていないのであれば……

・今回は颯太が蒼と付き合う為に青い花火を作る。
・大人になってから颯太が朱美との約束を守る為に自分の資金で花火業者に発注して赤い花火を打ち上げる。

……という行動で何も問題は無いはずである。今回颯太が青い花火を作ったからと言って今、朱美が泣き崩れる必要はない。

 先程は朱美が意を決して颯太との約束を玲奈に打ち明けたが、今後は玲奈が意を決する。蒼の恋を最後まで応援する為にも……朱美、蒼、玲奈、三人の親友関係の為にも……朱美の気持ちを確認する事は避けては通れない道だ。

 玲奈は大きく深呼吸をした。朱美の手に自分の手を重ねた。真っすぐに朱美の目を見た。そして……勇気を出して朱美に聞いた。

「村上さんは……坂本君の事をどう思っているの?」
「えっ?」
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