夜空に咲く恋

第六十三話 恋心

「村上さんは……坂本君の事をどう思っているの?」
「えっ?」

「……」

 玲奈は勇気を出して朱美に聞いた。唐突な質問で朱美は答えに詰まるが、玲奈はじっと朱美を見つめて答えを待つ。

「私……私は……颯太とは幼馴染で、生まれた時からずっと一緒で、家族みたいな存在で……」
「村上さん、それは前にも聞いたわ」
「……」

「村上さん、私の話を聞いて」
「うん……」

 玲奈は答えに詰まる朱美を許さず追求する。玲奈の行動は一見厳しく感じられるかもしれないが、朱美と玲奈がお互いに親友だと認識した今、この大切な質問の答えを濁す事は今後の朱美、蒼、玲奈……三人の為にならない。玲奈にはそれが分かっている。こういう時、玲奈は遠慮をしない。この玲奈の厳しさ……言い換えれば玲奈の優しさが、蒼からずっと頼りにされてきた親友玲奈の長所である。

「私はね……やっぱり納得できないの。坂本君と村上さんが七歳の時に大切な約束をした事は分かったわ。でも、それは恋愛とは別物でしょ? 坂本君が大人になってから、花火業者さんにメモリアル打ち上げ花火の依頼をすれば済む事でしょう?」

「うん……」

「でも、蒼が坂本君に告白してその返事に青い花火をお願いした今……村上さんは蒼の前から逃げ出すように走り去って……そして泣き崩れたわ」

「そうだね……」

「村上さん、厳しいと思うかもしれないけど聞いて。これはとっても大切な事よ。あなたにとっても蒼にとっても……二人の親友である私にとっても大切な事。もし村上さんが坂本君の事を異性として想っているならそれは悪い事じゃないわ」

「……」

「村上さんが今まで私と蒼にそれを黙っていたのも悪い事じゃない。村上さんは私達に嘘をついていない。村上さんは私達に嘘をつく様な人じゃない。今まで快く蒼の恋を一緒に応援してくれた事が何よりの証拠よ。村上さん本人も自分自身の気持ちに気付いていなかっただけ。村上さんは何も悪くないわ」

「うん……」

「私はね……きっと蒼も同じだけど……本当に不思議なの。村上さんが坂本君の事をどう思っているのか? 表面的には村上さんは坂本君の事を『幼馴染で家族みたいな存在だ』って言うけど……自分でも気づかない心の奥の方で本当は坂本君の事をどう思っているのか? 村上さん、お願い……自分の心に嘘をつかないで。今まで気づかなかった心の深い部分までよく見つめてみて。あなたにとって坂本君が本当はどんな存在なのか……」

「私……私は……颯太の事……」

 玲奈に沢山のヒントを貰っても……朱美は答えに詰まってしまう。しかし、今までとは違い朱美が心の奥の方まで颯太の存在について深く深く考えているという事は、玲奈が朱美の様子を隣で見ていてはっきりと分かる。

(お願い……村上さん、頑張って! 自分の心を素直に見つめて!)

 暫くの間朱美が深く自分の感情と向き合う。そして弱々しく声を出す。

「ごめん玲奈ちゃん……やっぱり……よく分からない。私は颯太の事……家族みたいな意味では好きだよ。でも、蒼ちゃんみたいに恋愛の意味で……『颯太の事が大好き!』って胸を張って言えないよ」

「村上さん……」

 話は頓挫しかけた。しかし朱美の様子は、これまでこの話をしてきた時とは明らかに違う。答えに辿り着く為に玲奈は必死に解決策を模索し……ある事を思いつく。以前、蒼に試した荒療治である。そして今玲奈が居るのは、奇《く》しくも蒼に荒療治を試した場所と同じである。

「村上さん? ちょっと疲れたでしょ? 少し発想を変えて連想ゲームでもしてみない? 以前蒼に試したのと同じ連想ゲームなんだけど……」
「えっ? 連想ゲーム?」

 自分でも見つめてこなかった心の奥という深い世界から一気に現実に引き上げられる様な玲奈の発言に、朱美はハッと驚く様に顔を上げる。

「まあ、心のストレッチみたいなものよ」
「うん……」

 戸惑う朱美に、玲奈は蒼に試した時と同様……唐突な発言をした。

「村上さん、坂本君とキスをする所を想像してみて」
「え? ええっ!? 颯太とキス!?」

 玲奈の唐突な発言に初めは驚いた朱美だったが、言われた通り颯太とキスをする所を想像してみる……が、朱美と颯太の顔が近づいてきた辺りでその想像は止まってしまった。

「えっと……玲奈ちゃん? 何だかよく分からないけど……颯太とキスするなんて、私には想像できないよ」

(えっ? 村上さん……そういう反応になるの!? 私はてっきり蒼の時みたいに恥ずかしさとドキドキで取り乱すかと思ったんだけど……)

 予想していなかった朱美の反応に、玲奈は意表を突かれる。

「玲奈ちゃん?」
「あっ……ごめんなさい村上さん。予想した反応とちょっと違ってたから驚いただけ」
「そうなんだ……」

「蒼に同じ想像をさせた時はね……それは酷い取り乱しっぷりで面白かったわ。もう、頭からボンッって変な音が聞こえて……『玲奈! これは何かのハラスメントッ!? 私を苦しめて何が楽しいの!?』って怒られて……その後、全身くすぐられたわ。今座ってるこの辺りでね。ふふっ」

 蒼に同じ連想をさせた時の状況を思い出して玲奈は笑ってしまう。また、蒼と玲奈が仲良くじゃれ合う見慣れた光景は朱美にも容易に想像ができ、自然と笑みが出る。

「ふふふっ」
「良かった……笑顔が戻ったわね、村上さん」

「うん、ありがとう玲奈ちゃん。でもね……私、さっきの颯太とキスをする想像をしようとした時に感じた事があるの」
「えっ? それは何?」

 朱美の一言に玲奈は疑問を解決する光明を見出す。

「颯太とキスはできないけど……でもね、颯太をギュッと抱きしめる所は想像してて心地良かったよ」
「村上さん……」

「それでね、何だか凄く温かい気持ちになったんだ。キスはしなくても……颯太とはこれからも色んな事を一緒に感じたい。嬉しい事も悲しい事もいっぱい話して……いっぱい分かち合って……それでね、颯太とずっとずっと一緒に居たい……ってそう思ったの。颯太は私の心を満たしてくれる大切な存在なんだ……ってそう思ったんだ」
「そうなのね……」

「……」
「……」

「あれっ? わ、私っ……」
「村上さん……」

「……」
「……」

 川の畔で二人の女子高生が見つめ合う。数秒間、時が止まったかの様に二人の女子高生が黙って見つめ合う。そして次の瞬間、朱美は自分でも驚く程に顔を真っ赤に染め上げ、大声で狼狽を始めた。

「あわわわっ!! わっ私っ! 何を言っちゃってるんだろう!? れ、玲奈ちゃん!? 今のっ……無し! 無しっ! お願い!! 聞かなかった事にしてっ!!」

「ふふっダメよ。やっと村上さんの本心が聞けたわ」
「れ、玲奈ちゃん!!」

「『好き』にも色々な形があるとは思うけど……村上さんはそういう感じなのね」
「ええっ!?」

「よく『恋と愛の違いは何か?』なんてテーマを見聞きするけど……蒼と村上さんの違いはその答えになるかもしれないわね」

「えええっ!? ちょっと待って玲奈ちゃんっ!? 何を言ってるの!? ああっもう! 酷いよ! これダメだって! この連想ゲームは今後なしなしっ! こんなの最低のハラスメントだよーっ!」

「ふふふっ。蒼も村上さんも実は似た者同士なのね。ねえ村上さん? さっきのあなたの発言……録音しておきたいからもう一度言って貰える?」
「玲奈ちゃんのバカーーッ!」

 この後二人は……強めの勢いで仲良くじゃれ合う時間を経て、今後の事について話し合った。文化祭のフィナーレまでは三週間。つまり颯太が作った花火が打ち上がるまで……蒼の告白に対する颯太の答えが打ち上がるまで……の時間が三週間である。

 颯太が作る花火の色は青か? 赤か? それとも違う色か? ……三週間、二人は蒼の告白に対する颯太の答えを待つ事にした。朱美の本心は分かったのだが、もし颯太が蒼の告白にOKして青い花火を作ったなら蒼と颯太は付き合う。もし赤い花火を作ったなら朱美の対応は……その時に考える事にした。今は想像で考えても意味がないと判断した。

 今日、朱美が告白を終えた蒼の前から走り去った件については「大切な幼馴染が目の前で告白された」という強い刺激に朱美が驚いて取り乱してしまった……と蒼に説明する事にした。

 颯太と朱美が交わした七歳の約束……「颯太が赤い花火を打ち上げる約束」については文化祭のフィナーレが終わるまで蒼には言わない方が良いだろう……という話でまとまった。蒼が感情に任せて告白を終えた今、朱美と颯太の約束を蒼に伝えた所で蒼が三週間苦しむだけである。何も解決しないし、何も生まれない。ただ蒼が苦しみ、自分の告白を後悔するだけである。蒼に秘密を持つ事は心苦しいが、断腸の思いで蒼には三週間は黙っておく事にした。
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