夜空に咲く恋

第六十四話 颯太の気持ち

 思いも寄らない突然の告白を蒼から受けた後、一人残された颯太はその場に立ちすくんでいた。

(俺っ……蒼さんから告白されちゃった!?)

 中学三年生の夏に塾で隣に座っていた蒼と高校で衝撃的な再会を果たした後、颯太は蒼とは親しくしてきた。ただそれは……幼馴染である朱美と蒼がクラスメイトでもあり同じバスケ部でもあるという共通点からくる付き合いと友情関係だと颯太は思っていた。

 蒼は言わずと知れた美人である。性格も良い。学校内には蒼のファンも多くいる事だろう。そんなアイドル的存在の蒼が、まさか自分に好意を持っていたとは……まさか自分に告白をしてくるとは……颯太は自分自身に起きた事が信じられなかった。

(蒼さん……)

 颯太はゆっくりと呼吸をして自分を落ち着かせる。そして突然受けた告白の内容を整理しながら回想する。

(蒼さん、俺の事好きだって……中学の頃から想っていてくれたって……)

 そして、告白の回想が颯太にとって重要な部分にたどり着く。

「あああっ!!」

 颯太は蒼の告白を最後まで回想し、思わず大きな声をあげてしまった。

(なっ、何でっ!? 蒼さん……告白の返事がOKだったら「青い花火を作って欲しい!」って! そんなっ……そんなっ……俺、朱美に伝えに来ただけなのに! 文化祭のフィナーレで花火を製作できる事になって……それで……あの時の約束! 七歳の時に朱美とした約束! 赤い花火を打ち上げる約束! ……叶えてあげられるんだよ! って伝えに来ただけなのにっ……)

 颯太は手で顔を覆ってその場で悶える。

 この時颯太の頭には、七歳の時に約束を交わした朱美の笑顔が浮かんでいた。あの時からずっと忘れる事が出来ない朱美の笑顔を……十五歳になった今、もう一度見られるのだと思うと……颯太は嬉しくて仕方がなかった。花火の製作体験をできる話を聞いて、真っ先に朱美に伝えようと走ってきた。それなのに蒼から受けた突然の告白が、颯太の心を大きくかき乱す。

(俺っ……俺っ……どうしたら良いんだ? 赤い花火を作れる事が嬉しくてここまで走ってきたのに……蒼さんに青い花火!? 告白の返事がOKなら青い花火を作らないといけない!?)

 ただただ朱美を喜ばせるだけだったはずの話が、蒼の告白……朱美との約束……朱美と蒼の友情……と複雑に想いが絡む選択になってしまった。颯太は頭で考えても何をどう整理したら良いのか分からず……頭は混乱を続けたまま、足だけを動かしてひとまず学校へ戻った。

 颯太が教室に戻ると、長い時間が経ってもなかなか戻ってこない颯太をクラスメイト達が心配していた。

「あっ、坂本君! やっと戻ってきた!?」
「坂本君、大丈夫? 職員室で凄い怒られたりしてたの?」

(……えっ?)

 颯太が教室を出た理由は、校内放送で映像写真部の顧問である渡延から呼び出しをされた為である。大きな要件でないならば、颯太は職員室からすぐに教室へ戻るはずだった。しかし、職員室で渡延から花火製作体験の話を聞いた後、颯太は文化祭で使う段ボール回収に向かっていた朱美を追いかけて校外へ出ていた為、教室に戻るにはかなりの時間がかかってしまった。

(そっか……俺、校内放送で職員室に呼び出されてたんだ……)

 颯太は心配してくれるクラスメイトに呼び出しの要件を伝える。蒼の告白で頭の中は混乱しているが、今から伝える喜ばしい報告に見合う様……無理やりテンションを上げて嬉しそうな演技をする。

「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう……ていうか皆聞いて! 凄いんだよ! 俺、先日部活で花火の製造業者さんに見学と取材に行ったんだけど……何と! そこの業者さんで文化祭の時に打ち上げる花火の何個かを製作体験させてもらえるんだって!」

「ええっ!?」
「本当にっ!? 坂本君、凄いじゃん!!」

「うん! 俺もう、嬉しくって嬉しくって……大好きな花火に自分で火薬玉を詰め込んで打ち上げ花火を作る作業ができるなんて! 夢みたいだよ!!」

「良かったね、坂本君!!」
「おめでとう! でもどうして教室に戻ってくるのがどうしてこんなに遅かったの? その話だけならすぐに戻って来れたと思うんだけど……」
「あっ、それは……」

 クラスメイトから出る当然の疑問に颯太は口ごもる。本当の事を言える訳もなく……颯太は適度に嘘をついてごまかす。

「えっとね、俺……C組に幼馴染が居るんだけど、そいつに花火の製作体験の事を伝えに行ってたんだ。そしたら盛り上がっちゃって……で、戻るのが遅くなったんだ。心配かけてごめんね」

「そっか。村上さんだっけ? 坂本君と仲良いもんね」
「うん、まあ幼馴染だからね……」

 颯太は混乱した頭のまま、下校時間までクラスの文化祭準備に参加して帰宅した。自分の部屋に入ってバタンッ……と倒れこむ様にベッドに横たわり、今日起きた大事件を思い出す。

(俺……どうしよう? 蒼さんと付き合うって……そんな事ができたら男子としては夢みたいな話だけど……そりゃあOKするのが普通だよな……)

 颯太は天井を見上げながら考え込む。

(でも俺……どうしてこんなに悩むんだろう? そもそも、朱美が七歳の時にした約束を覚えているかどうかなんて分からないし……朱美との「赤い花火の約束」は大人になってから叶えるものだと思っていたし……別に今俺が青い花火を作って蒼さんと付き合ったとしても何も問題ないんじゃ……)

 颯太の頭が理屈を考える。颯太の頭に浮かんだ理屈は正しい。矛盾はない。しかし普段の颯太なら理論的な結論をスッと受け入れる事ができるはずなのに……最後の最後で決断ができない。

(……)

 頭が真っ白になる。順序立てて考え出てくる理屈と結論が……自分でも分からない何らかの理由でガラガラと音を立てて崩れていく。

(……)

(……)

(……朱美)

「……えっ?」

 自分でも良く分からない感覚に苛まれた後、頭の中をよぎった朱美の笑顔に颯太は思わず声を出してしまった。

 始めに思い浮かんだのは……七歳で約束をした時に最高の笑顔を見せてくれた朱美である。続けざまに……これまで長い時間を一緒に過ごし、沢山見てきた朱美の笑顔が次々と颯太の頭に蘇る。小学生……中学生……沢山見てきた朱美の笑顔が颯太の頭に蘇る。そして最後に……高校生になった今、朱美が自分の名前を嬉しそうな笑顔で呼ぶ姿が頭に浮かんだ。

(……「颯太!」)

(……)

(……えっ?)

……ドクンッ、ドクンッ。

 颯太の胸が高鳴る。毎日の様に見てきた朱美の笑顔を思い出しただけなのに……胸が高鳴ってしまう。胸の鼓動が大きくなってしまう。

 「えっ? ええっ!? なっ……えええっ!? ど、どういう事だよ!?」

 部屋に一人でいるのに勝手に声が出てしまう。颯太は自分自身の行動に驚き、思わずガバっと起き上がってしまった。

(俺っ……俺っ……そんなっ!?)

 颯太はこの夜、今まで自分でも気付かなかった深い深い心の奥にある感情と……長い時間向き合った。
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