夜空に咲く恋

第六十六話 朱美と颯太の二週間

 蒼の告白から二週間……蒼、朱美、玲奈、颯太の四人は、顔を合わせば表面上は何事もなかった様に普通に接していたが、それぞれの悩みと葛藤と向き合いながら複雑な心境で過ごしていた。

朱美の二週間は――

 蒼の告白を目の前で見た後、玲奈と二人で話をした。玲奈の前で泣き崩れ自分の全てをさらした後に……朱美は心の一番奥にあった本心に気付いた。颯太への想いに気付いた。朱美は帰宅した後、ベッドに横たわり自分の気持ちと向き合った。

(私っ……私っ……颯太の事を……好きだったの!? 蒼ちゃんみたいに颯太の事を考えてドキドキするとか……顔が一気に熱くなっちゃうとかそういうのじゃないけど……でもやっぱり颯太とずっと一緒に居たい。私にとって颯太はそういう存在なんだ……)

 朱美は自分の胸に手を当てる。目を閉じてゆっくりと考える。

いつもの様に声を掛けてくれる颯太の姿……。
ぶっきらぼうな物言いで面倒くさそうに相手をしてくれる颯太……。
何かがあれば真剣に心配してくれる優しい颯太……。

 長い時間一緒に過ごしてきた様々な颯太が朱美の心を温める。

(颯太……これが男の子を好きになるって言う気持ちなのかな? 何だか思ってた感じと違うけど……でも颯太は私の心を温めてくれる。安心させてくれる……)

 続いて朱美は、蒼と颯太の事を考える。

(颯太……青い花火を作るのかな? 蒼ちゃんと付き合うのかな? ……蒼ちゃんはとっても良い子。私にとって大切な親友。優しくて明るくて面白くて……美人で可愛いのに時々危なっかしくて……ふふっ。颯太……蒼ちゃんと付き合ったらきっと楽しいよ。幸せになれるよ……私なんて蒼ちゃんと比べたら……)

 朱美は想像の中で蒼と自分を並べて見比べてみる。可愛さ、スタイルの良さ、ファッションセンス……どれをとっても女性として蒼に勝る所が見つからない。

(何か、悲しくなってきちゃった……颯太、やっぱり蒼ちゃんと付き合うべきだよ。私は……今のままで良いから。ずっと颯太と幼馴染で仲良く居られたらそれで良いから……)

 朱美は高校入学以来、中学の頃からずっと颯太の事を想っていた蒼の恋を応援してきた。颯太の事を想ってくれる女子が居る事が嬉しかった。蒼の恋を応援する気持ちは今でも変わらない。ただ、颯太が青い花火を作るのであれば蒼と颯太が付き合う事になる……つまり自分は颯太に異性としては振られる事になる……と思うとやはり胸が苦しくなる。

 七歳の時に颯太と交わした赤い花火の約束……その時に見た颯太の笑顔……は忘れた事がない。そして今、秘めていた颯太への想いに気付いてしまった。自分にとって颯太がどんな存在であるか? に気付いてしまった。

 しかし、朱美にとって蒼との友情もまたこの上なく大切なものである。蒼が不幸になって自分だけが颯太と幸せになれたら良い……などとは思えない。思える訳がない。

(ああっ……蒼ちゃん……颯太……胸が苦しいよ。私っ……あの時……七歳の時、颯太とあんな約束しなかったら良かったのかなあ!? 私が思いつきであんな事を言っちゃったから……私が蒼ちゃんを苦しめる事になっちゃったのかなぁっ!? ああっ!)

 蒼との友情、自分の恋心……朱美は両立できない苦しみに襲われる夜を毎日過ごした。

颯太の二週間は――

 蒼から突然告白をされた事が信じられず「告白は本当に現実か? 夢ではないか?」と何度も疑った。蒼は美人で可愛く性格も良い。学校のアイドル的存在である。そんな蒼がまさかモテる要素の無い自分に中学の頃から想いを寄せていた……という事が本当に信じられなかった。

 そして蒼の告白が現実であったと漸く受け止め始めた頃、颯太にとって大問題となるのは告白の返事であった。蒼が希望した「青い花火」である。

(俺、青い花火を作ったら蒼さんと付き合う事ができるんだよな……)

 可愛く性格も良い蒼と付き合う事ができれば幸福である事は間違いない。男子なら誰もが羨む状況である。しかし、颯太は青い花火を作る事、蒼と付き合う事……を想像していた所で、心の一番奥にあった本心に気付いてしまった。

 七歳の時に朱美と交わした「赤い花火の約束」と「約束の時に見た朱美の笑顔」が自分の中でかけがえのない大きなものである事に気付いた。そして朱美への想いが只の幼馴染ではなく特別なものである事にも気づいた。

 颯太は悩んだ。今までの人生で一番悩んだ。

(青い花火を作って蒼さんと付き合うのが良いのかな? それが良いに決まってるよな。だってあの蒼さんだぞ? あの美人で可愛くて性格も良くて……蒼さんと付き合えたら幸せなのは間違いないだろう?)

 ただ、颯太の中で「青い花火」という結論が出たかと思う瞬間になると必ず邪魔が入る。頭に思い浮かぶ七歳の時に交わした「赤い花火」の約束と共に見た朱美の嬉しそうな笑顔がその結論を認めない。
 
(朱美との約束……赤い花火……俺、朱美の事が好きだったんだな。でも「朱美の事が好きです! 七歳の時にした約束を守りたい!」って今、俺が赤い花火を作って良いのかな? きっと朱美はこれまで……蒼さんの恋を応援してたんだよな? だからこれまで朱美は蒼さんと一緒に俺に話しかけたりしてくれて……)

 颯太はこれまで蒼、朱美、玲奈の三人が自分と一緒に過ごしてきた本当の動機に気付く。

(ん? でも待てよ? ……朱美が蒼さんの恋を応援してるって事は、朱美は俺の事は異性として何とも思ってないって事だろ? 只の幼馴染って事だろ? だとしたら……俺が「朱美の事が好きです! 七歳の時にした約束を守りたい!」って赤い花火を作ってしまったら、朱美が今まで蒼さんの恋を応援してきた努力を全て無駄にしてしまわないか? 朱美を悲しませる事になってしまわないか?)

 朱美への想いが自分の気持ちに素直な結論を否定する。逆に颯太を悩ませる。

(俺……赤い花火を作らない方が良いのかな?)

 赤い花火を作って朱美への想いを空に打ち上げた所で、朱美は颯太の事を只の幼馴染としか見ていない。朱美が蒼の恋を応援しているのがその証拠だ。

 もし赤い花火を作れば……蒼との幸福な恋愛はできなくなってしまう。朱美が悲しんでしまう。今後ずっと、朱美や蒼達との楽しい友情関係はぎくしゃくとした気まずいものになるかもしれない。朱美との楽しい幼馴染の関係もどうなるか分からない。

「朱美への想い」と「朱美との約束を守りたい」という自分だけの我儘で赤い花火を作れば、蒼達との友情も朱美との関係も全てを壊しかねない……そう思うと、簡単に赤い花火を作る決断はできなかった。花火製作の当日を迎えるまで、颯太は苦しみながら悩みに悩んだ。
< 68 / 79 >

この作品をシェア

pagetop