夜空に咲く恋
第六十七話 花火製作
颯太が通う私立岡崎中央商業高校の学園祭は十月の第二木曜日から土曜日にかけて三日間で行われる。初日は体育祭、二日目と三日目は文化祭である。そして文化祭のフィナーレで打ち上げ花火が上げられる。
今年は最終日のフィナーレで打ち上げられる花火は花火業者「谷山煙火店」の好意で生徒代表が製作体験をする事になった。対象者は各学年から一名ずつ選出され、一年生の代表は颯太である。二年生と三年生は地域社会部に所属する山本梨乃と小沢奈々が選出された。
花火制作体験は学園祭の二日前、火曜日の午後に行う。颯太を含む対象者三名は学校を課外活動扱いで外出する。当日は作業前に安全講習を受けた後、製作体験に臨む。
――いよいよ花火制作体験の当日を迎えた。
颯太にとっては子供の頃から大好きだった打ち上げ花火の製作を体験できるという夢の様な一日である。しかし颯太は、蒼の告白、朱美の気持ち、自分の気持ち……を思うと心が苦しくなった。何色の花火を作るか? 最後まで悩み続けた。
……蒼と付き合う為の青い花火か?
……朱美に想いを伝える為の赤い花火か?
颯太は当日の朝になっても決められなかった。そして決断できないまま午後になった。一緒に花火製作体験を行う地域社会部の二年生、山本梨乃と三年生、小沢奈々と地域社会部の顧問教諭、伊藤の車で「谷山煙火店」まで移動する。
谷山煙火店に到着すると先日の見学で案内を担当した花火師、瀬筒が元気よく出迎えてくれた。
「皆さんようこそ! 今日はよろしくお願いします!」
「「「よろしくおねがいします!」」」
瀬筒は生徒三人の元気な挨拶に笑顔を返すと、颯太の元へ寄ってきて嬉しそうに颯太の手を取り伝えた。
「坂本君! 君にはお礼を言わせて! 見学の時に君と話したおかげで……『一般の人にも花火を作る体験をさせてあげたい!』っていう私の夢に一歩近づいたんだよ!」
「えっ!?」
瀬筒は先日取材をされた時に颯太から聞いた「朱美と七歳の時に赤い花火を打ち上げる約束をした」……という話がきっかけとなり、花火師になった頃から希望していた「一般人の花火製作体験」を実現に近づける事ができた。今日はその第一歩である。先日の取材で、大好きな花火を製作する現場を案内してくれた瀬筒は颯太にとって恩人であるが、瀬筒にとって颯太もまた、夢の実現を後押しするきっかけを与えてくれた恩人である。
「おい瀬筒」
颯太と話す瀬筒の後ろから低い声が呼びかける。瀬筒と同じく花火師の玉本である。玉本にとっても、花火が大好きであり製造工程にまで興味を持ってくれる颯太、また、取材の時に真剣な眼差しで作業工程を見てくれた颯太は感謝の対象となる人物である。ただ、気難しく無口な職人気質の玉本はその嬉しさを口には出さない。逆に若干の威圧感すら放ってしまう。
(玉本さん……やっぱり雰囲気怖っ)
颯太は玉本の雰囲気に気圧されつつ、先日の礼と挨拶をする。
「玉本さん、先日はありがとうございました。今日もよろしくお願いします!」
颯太の真っすぐな感謝と礼儀正しく頭を下げる好印象な姿にも、玉本は不愛想な態度を変えない。
「ああ……」
他の二名も玉本に挨拶をし、まずは安全講習が始まる。
「では皆さん? まずは一時間程の安全講習を受けて貰いますので、事務所の打合せ室に移動して下さい」
瀬筒の案内で移動する。移動中、颯太は玉本の不愛想な態度を思い出しながら不安を顔に浮かべる。
(玉本さん、いつも厳しい顔してるよな……あっ、もしかして俺っ、玉本さんに嫌われてたりするのかなっ!?)
不安を顔に浮かべる颯太を見て、瀬筒が声をかける。
「坂本君? 君は今……『玉本さん、俺の事嫌ってるのかも?』とか思ったりしてる?」
「えっ? 瀬筒さん!?」
「ふふっ、図星かな。でも安心して。それはないわよ」
「ご心配ありがとうございます。でも玉本さん、俺に対してぶっきらぼうって言うか、怖い態度なので不安で……」
「さっきの先輩の態度ね? うん、あれなら大丈夫よ。先輩が君に言った『ああ……』はね。『先日はこちらこそありがとう。今日は安全に気を付けて頑張れよ』って意味よ」
「ええっ!? そうなんですか!? あの怖い感じで短い一言がっ!?」
「ふふっ。先輩って気難しいけど面白いでしょ?」
「そ、そういうものなんですね……」
打ち上げ花火に関する安全講習が始まった。講師は火薬の保管や取扱いに関する資格を持つ瀬筒が担当する。今回の製作体験では一般人の高校生が火薬に触れる事になる。万が一にも事故があってはならない。火薬の基礎知識や取扱い、安全に関する行動の注意点について説明を受ける。打ち上がれば奇麗な花火も、「火薬」という危険な物を取扱う緊張感は颯太達三名に十分伝わり、皆は真剣な顔つきで瀬筒の安全講習を受けた。
そして座学の安全講習を終えると、瀬筒は場を仕切り直す様にパンッと手を叩き、やや興奮気味な声で言った。
「さて! ではいよいよ……花火の製作をしましょうかっ!!」
(来たっ! ついに来たっ! 俺……本当に花火を製作できるんだ!!)
夢が叶う瞬間がやってきた。瀬筒の言葉に、颯太は言い様の無い興奮を覚える。皆で工房へ移動し、花火の製作体験が始まる。
(いよいよだっ……俺の夢が叶う瞬間! 朱美っ……蒼さんっ……!!)
ついにこの瞬間がやってきた。そしてそれは……何色の花火を作るのか? に答えを出す瞬間でもある。製作体験の作業を始める前に、まずは花火師の瀬筒が説明をしながら、玉本が実際に作業する所を見せる。記録係を担当する顧問の伊藤が玉本にカメラを向ける。
真剣な顔つきで玉本が花火を製作する。熱い眼差し、集中力、無駄のない所作、滑らかな手つき……と玉本が作業をする様子に颯太は再び目を奪われる。
(花火を作る玉本さんって、やっぱりカッコイイな。職人さんの気合っていうか、意気込みが見ているこちらにも伝わってくる……)
今回、颯太達三名が製作する花火は「三号玉」である。花火玉の大きさは直径約九センチ。打ち上げれば高さ百二十メートルまで到達し、開花直径は約六十メートルの大輪となる花火だ。
颯太達三名は「玉込め」と「玉張り」と呼ばれる作業を行う。
――玉込め――
半球状の花火玉に燃えて光り輝く火薬玉の「星」を詰め込む作業。半球の内側に沿って星を詰めて並べる。その上に和紙を敷いて星を飛ばし広げる火薬の「割薬」を詰める。導火線が付いた状態の同じ物をもう一つ作り、二つを合わせて玉にした後、合わせ目を紙テープで止める。
――玉張り――
細長く切ったクラフト紙に糊を塗り、玉の表面に貼って乾燥させる。
玉張りの作業はクラフト紙を張る作業と乾燥を何度か繰り返すのだが、颯太達が体験するのは一回目の作業のみである。また、文化祭の当日に不発等のトラブルが起きる可能性を考慮して、三名はそれぞれ三発ずつ花火を製作する。
玉本が花火を製作する作業を何度か見せた後、いよいよ颯太達が作業をする番になった。ここで瀬筒が颯太に運命の選択を迫る。
「では皆さん? 自分が作る花火の色は決まってるわね? 事前に伝えていた通り……赤、黄、緑、青、紫の中から選んでください!」
(色っ! 花火の色っ! 決める時が来た!! 俺が作る花火の色はっ!!)
……颯太は自分が選んだ花火の色を瀬筒に伝えた。
「わかったわ、坂本君。じゃあ火薬玉の『星』を用意するから待っててね!」
他の二名も希望する色を瀬筒に伝えた。二年生の山本梨乃は緑色、三年生の小沢奈々は黄色を選択した様だ。三名が指定した色の『星』が運ばれ、作業が始まる。
(俺っ……俺っ……蒼さんっ!! ……朱美っ!!)
颯太は運ばれてきた火薬玉の『星』を並々ならぬ想いで詰めた。一つ一つ丁寧に……自分の想いを込めて一生懸命詰めた。そして玉本と瀬筒の指導を受けながら……颯太は三発の花火玉を完成させた。
今年は最終日のフィナーレで打ち上げられる花火は花火業者「谷山煙火店」の好意で生徒代表が製作体験をする事になった。対象者は各学年から一名ずつ選出され、一年生の代表は颯太である。二年生と三年生は地域社会部に所属する山本梨乃と小沢奈々が選出された。
花火制作体験は学園祭の二日前、火曜日の午後に行う。颯太を含む対象者三名は学校を課外活動扱いで外出する。当日は作業前に安全講習を受けた後、製作体験に臨む。
――いよいよ花火制作体験の当日を迎えた。
颯太にとっては子供の頃から大好きだった打ち上げ花火の製作を体験できるという夢の様な一日である。しかし颯太は、蒼の告白、朱美の気持ち、自分の気持ち……を思うと心が苦しくなった。何色の花火を作るか? 最後まで悩み続けた。
……蒼と付き合う為の青い花火か?
……朱美に想いを伝える為の赤い花火か?
颯太は当日の朝になっても決められなかった。そして決断できないまま午後になった。一緒に花火製作体験を行う地域社会部の二年生、山本梨乃と三年生、小沢奈々と地域社会部の顧問教諭、伊藤の車で「谷山煙火店」まで移動する。
谷山煙火店に到着すると先日の見学で案内を担当した花火師、瀬筒が元気よく出迎えてくれた。
「皆さんようこそ! 今日はよろしくお願いします!」
「「「よろしくおねがいします!」」」
瀬筒は生徒三人の元気な挨拶に笑顔を返すと、颯太の元へ寄ってきて嬉しそうに颯太の手を取り伝えた。
「坂本君! 君にはお礼を言わせて! 見学の時に君と話したおかげで……『一般の人にも花火を作る体験をさせてあげたい!』っていう私の夢に一歩近づいたんだよ!」
「えっ!?」
瀬筒は先日取材をされた時に颯太から聞いた「朱美と七歳の時に赤い花火を打ち上げる約束をした」……という話がきっかけとなり、花火師になった頃から希望していた「一般人の花火製作体験」を実現に近づける事ができた。今日はその第一歩である。先日の取材で、大好きな花火を製作する現場を案内してくれた瀬筒は颯太にとって恩人であるが、瀬筒にとって颯太もまた、夢の実現を後押しするきっかけを与えてくれた恩人である。
「おい瀬筒」
颯太と話す瀬筒の後ろから低い声が呼びかける。瀬筒と同じく花火師の玉本である。玉本にとっても、花火が大好きであり製造工程にまで興味を持ってくれる颯太、また、取材の時に真剣な眼差しで作業工程を見てくれた颯太は感謝の対象となる人物である。ただ、気難しく無口な職人気質の玉本はその嬉しさを口には出さない。逆に若干の威圧感すら放ってしまう。
(玉本さん……やっぱり雰囲気怖っ)
颯太は玉本の雰囲気に気圧されつつ、先日の礼と挨拶をする。
「玉本さん、先日はありがとうございました。今日もよろしくお願いします!」
颯太の真っすぐな感謝と礼儀正しく頭を下げる好印象な姿にも、玉本は不愛想な態度を変えない。
「ああ……」
他の二名も玉本に挨拶をし、まずは安全講習が始まる。
「では皆さん? まずは一時間程の安全講習を受けて貰いますので、事務所の打合せ室に移動して下さい」
瀬筒の案内で移動する。移動中、颯太は玉本の不愛想な態度を思い出しながら不安を顔に浮かべる。
(玉本さん、いつも厳しい顔してるよな……あっ、もしかして俺っ、玉本さんに嫌われてたりするのかなっ!?)
不安を顔に浮かべる颯太を見て、瀬筒が声をかける。
「坂本君? 君は今……『玉本さん、俺の事嫌ってるのかも?』とか思ったりしてる?」
「えっ? 瀬筒さん!?」
「ふふっ、図星かな。でも安心して。それはないわよ」
「ご心配ありがとうございます。でも玉本さん、俺に対してぶっきらぼうって言うか、怖い態度なので不安で……」
「さっきの先輩の態度ね? うん、あれなら大丈夫よ。先輩が君に言った『ああ……』はね。『先日はこちらこそありがとう。今日は安全に気を付けて頑張れよ』って意味よ」
「ええっ!? そうなんですか!? あの怖い感じで短い一言がっ!?」
「ふふっ。先輩って気難しいけど面白いでしょ?」
「そ、そういうものなんですね……」
打ち上げ花火に関する安全講習が始まった。講師は火薬の保管や取扱いに関する資格を持つ瀬筒が担当する。今回の製作体験では一般人の高校生が火薬に触れる事になる。万が一にも事故があってはならない。火薬の基礎知識や取扱い、安全に関する行動の注意点について説明を受ける。打ち上がれば奇麗な花火も、「火薬」という危険な物を取扱う緊張感は颯太達三名に十分伝わり、皆は真剣な顔つきで瀬筒の安全講習を受けた。
そして座学の安全講習を終えると、瀬筒は場を仕切り直す様にパンッと手を叩き、やや興奮気味な声で言った。
「さて! ではいよいよ……花火の製作をしましょうかっ!!」
(来たっ! ついに来たっ! 俺……本当に花火を製作できるんだ!!)
夢が叶う瞬間がやってきた。瀬筒の言葉に、颯太は言い様の無い興奮を覚える。皆で工房へ移動し、花火の製作体験が始まる。
(いよいよだっ……俺の夢が叶う瞬間! 朱美っ……蒼さんっ……!!)
ついにこの瞬間がやってきた。そしてそれは……何色の花火を作るのか? に答えを出す瞬間でもある。製作体験の作業を始める前に、まずは花火師の瀬筒が説明をしながら、玉本が実際に作業する所を見せる。記録係を担当する顧問の伊藤が玉本にカメラを向ける。
真剣な顔つきで玉本が花火を製作する。熱い眼差し、集中力、無駄のない所作、滑らかな手つき……と玉本が作業をする様子に颯太は再び目を奪われる。
(花火を作る玉本さんって、やっぱりカッコイイな。職人さんの気合っていうか、意気込みが見ているこちらにも伝わってくる……)
今回、颯太達三名が製作する花火は「三号玉」である。花火玉の大きさは直径約九センチ。打ち上げれば高さ百二十メートルまで到達し、開花直径は約六十メートルの大輪となる花火だ。
颯太達三名は「玉込め」と「玉張り」と呼ばれる作業を行う。
――玉込め――
半球状の花火玉に燃えて光り輝く火薬玉の「星」を詰め込む作業。半球の内側に沿って星を詰めて並べる。その上に和紙を敷いて星を飛ばし広げる火薬の「割薬」を詰める。導火線が付いた状態の同じ物をもう一つ作り、二つを合わせて玉にした後、合わせ目を紙テープで止める。
――玉張り――
細長く切ったクラフト紙に糊を塗り、玉の表面に貼って乾燥させる。
玉張りの作業はクラフト紙を張る作業と乾燥を何度か繰り返すのだが、颯太達が体験するのは一回目の作業のみである。また、文化祭の当日に不発等のトラブルが起きる可能性を考慮して、三名はそれぞれ三発ずつ花火を製作する。
玉本が花火を製作する作業を何度か見せた後、いよいよ颯太達が作業をする番になった。ここで瀬筒が颯太に運命の選択を迫る。
「では皆さん? 自分が作る花火の色は決まってるわね? 事前に伝えていた通り……赤、黄、緑、青、紫の中から選んでください!」
(色っ! 花火の色っ! 決める時が来た!! 俺が作る花火の色はっ!!)
……颯太は自分が選んだ花火の色を瀬筒に伝えた。
「わかったわ、坂本君。じゃあ火薬玉の『星』を用意するから待っててね!」
他の二名も希望する色を瀬筒に伝えた。二年生の山本梨乃は緑色、三年生の小沢奈々は黄色を選択した様だ。三名が指定した色の『星』が運ばれ、作業が始まる。
(俺っ……俺っ……蒼さんっ!! ……朱美っ!!)
颯太は運ばれてきた火薬玉の『星』を並々ならぬ想いで詰めた。一つ一つ丁寧に……自分の想いを込めて一生懸命詰めた。そして玉本と瀬筒の指導を受けながら……颯太は三発の花火玉を完成させた。