夜空に咲く恋

第六十八話 学園祭初日 体育祭

 学園祭の当日を迎えた。まずは初日の体育祭で学校中が盛り上がる。学校全体で見れば最後の学園祭となる三年生が主体となって盛り上がるのだが、一年生と二年生も先輩に負けじと盛り上がりをみせる。

 バスケ部に所属する朱美、蒼、玲奈は身体能力も高く、クラス内では競技メンバーの主力として大いにその実力を発揮した。一方、運動が苦手な颯太は全員参加がルールの大縄跳びでクラスメイトの足を引っ張らない事が唯一のミッションとなる。

 ただ、体育祭の場で出番の少ない颯太は映像写真部員としては都合が良い。学校の記録係としてカメラを持ち歩き、競技に専念する生徒達、仲間を応援する生徒達、普段は大人しい印象の教師が大声を出して生徒を鼓舞する意外な姿等……多くの場面をカメラに収めた。

 そして、記録係をしながら歩く颯太は朱美達が在籍する一年C組の応援席近くまでやってきた。蒼が近くにやってきた映像写真部の腕章をつけた颯太を見つける。蒼の視線に気づき、颯太もまた蒼を見る。

(あっ……颯太君……)
(蒼さん……)

 蒼の告白から二週間が経過している。蒼、朱美、玲奈、颯太の四人は、顔を合わせば表面上は何事もなかった様に普通に接していたが、颯太が既に花火製作を終えた今……つまり、蒼へ告白の返事を決めた今は、これまでの二週間とは異なり目が合うだけでドキッとしてしまう。恥じらいも気まずさも生まれる。しかし、蒼は明るい性格でクラスのムードメーカーである。蒼の周囲には蒼と同様に明るい性格のクラスメイトが居る事が多い。偶然蒼の隣に居たその内の一人が、映像写真部の颯太に声をかける。

「映像写真部の人―っ! 私達を撮ってくださーい!」
「えっ?」
「あっ……」

 蒼のクラスメイトは蒼と颯太が今どういう状況にあるかを知らない。普段の蒼なら率先してカメラに向けて明るい笑顔でポーズをとるが、今日ばかりはカメラに目を向けて颯太と目が合ってしまい恥じらいと気まずさを感じてしまう。

 しかし、この状況で浮かない顔をするのはクラスメイトの為にならない。クラスメイトに余計な心配をかけてしまう。もしかしたら二人の間にある異変に気付かれてしまうかもしれない。自分が颯太に告白した事をクラスメイトに気付かれてしまうかもしれない……。

 そう思うと蒼は、自分の心に蓋をしてクラスメイトの為にも、颯太に不要な気を遣わせない為にも……クラスの明るいムードメーカーを演じた。いつもの明るい自分を演じた。複雑な心境でも無理やりの笑顔を作った。

「颯太君! お願い! 皆と一緒に撮ってー!!」
「分かりました! 皆さん、では撮りまーす! こっち見てーっ!!」

……カシャ!

 颯太が一年C組の体育祭応援風景をカメラに収める。颯太は蒼に対する告白の返事……朱美と交わした赤い花火の約束、製作した花火の色……を考えれば余計な事を意識してしまう。しかし、カメラ越しに見える蒼の普段より僅かに曇った笑顔を見て……颯太も深く考えずに、今だけは割り切って泰然と映像写真部の仕事をこなした。

(颯太君……)
(蒼さん……)

 颯太も蒼もお互いに声をかけたいが、どう声をかけて良いか分からない。そして二人は声をかけられないまま……颯太は一年C組の応援席から離れた。蒼はこの状況を後悔する。

(颯太君……ああっ、もうっ! こんなの何か嫌だ! 何か違う! せっかくの体育祭なのに! 楽しいはずの体育祭なのに! 皆と楽しみたいのに! こんなの嫌だよっ! 明日の文化祭は……ちゃんと颯太君と話したい! 颯太君と楽しい学園祭をしたいよ!!)

 また、気まずさで蒼に声を掛けられずに一年C組の応援席から離れてしまった颯太も自分の行動を後悔した。

(俺っ……何やってるんだよ! 蒼さんに告白されたのは重大な事だけど……でもっ! 今は違うだろっ! それとこれとは違うんだからっ! 気まずいとかそんなのじゃなくて……普通の時はちゃんとしないとっ!!)

 また、蒼と颯太が撮影の際に表面的なやり取りをする所はクラスメイトである朱美も玲奈もすぐ側で見ていた。二人は蒼と颯太がどういう状況にあるのか分かっているが……蒼や颯太と同じく二人の間にどう入って良いか分からない。朱美にとっては親友と幼馴染が……玲奈にとっては親友と友人が……気まずく立ち振る舞う所を黙って見ている事しかできなかった。やはり朱美と玲奈もそれぞれの立場で後悔が残る一日となってしまった。

(ああっ……蒼ちゃん、颯太……ごめん。楽しい体育祭に辛い笑顔を作らせてしまって。こんな時は私が上手く二人の間に入れたら……二人とも気まずくならなくて済むのに!!)

(蒼……ごめんなさい。私の力不足だわ。今日は親友として何もできなかった……)

 颯太に告白をした蒼。蒼に告白をされた颯太。颯太の答えはもう決まっている。ただ、その答えが蒼に伝わるのは二日後の夜である。今、蒼は答えを聞く事ができない。颯太も答えを言う事ができない。蒼の告白以来、二人にとって心苦しい時間が続いてきた。しかし、颯太が花火製作を終えた今……告白の答えが決まった今……これまでよりも心苦しい時間があと二日続く。蒼と颯太、朱美と玲奈は思春期の葛藤に苛まれたまま……学園祭の初日、体育祭は終了した。

 この日の夜、蒼の発信で蒼、玲奈、朱美のグループメッセージが鳴った。

「二人とも聞いて! 私っ、明日は颯太君と楽しく過ごしたい! 告白の返事は気になるけど……でも! 高校一年の学園祭は今だけだもん! 明日は颯太君と楽しく写真を撮りたいし、楽しく話したいよ!」

「蒼ちゃん、今日はごめん……うん、そうだよね。私も純粋に学園祭を楽しみたいよ!」

「そうよね。私の方こそごめんなさい。変な気を遣って結局二人に気まずい思いをさせてしまったわ。蒼の言う通りね。明日は割り切ってちゃんと楽しみましょ!!」

……ピコーン。
……ピコーン。
……ピコーン。

 グッド! と親指を立てるスタンプが三個同時に並ぶ。三個並んだスタンプを見て……蒼は気持ちを新たに決意した。

(颯太君の返事と文化祭は別! 明日は思いっきり楽しむわよーっ!!)
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