夜空に咲く恋

第六十九話 一年C組カフェ

 学園祭は二日目の文化祭を迎えた。昨日行われた体育祭の盛り上がりをそのままに、生徒達は文化祭でも学園生活の楽しい思い出を作る。

 朱美、蒼、玲奈が在籍する一年C組はクラスの出し物としてカフェを出店している。冷凍フルーツとカラフルなシロップを炭酸水に沈めた映えドリンク、スムージー、ハンドドリップで淹れる珈琲を提供する。

 ここでも異彩を放つのはやはり蒼である。明るい笑顔、長身、スタイルの良さ……凄まじいポテンシャルを持った蒼が手芸好きの女子達に用意されたカフェの店員服を身にまとうと一瞬で男子の目を釘付けにした。いや、男子のみではなく女子の目までも釘付けにした。

「三浦さん! めっちゃ可愛い!!」
「凄い! もう芸能活動してるタレントさんみたいだよっ! 写真撮らせて!!」
「いやっ、皆褒め過ぎだよー」

と言いながら、蒼はリクエストに応えて可愛らしいポーズを沢山取る。クラス全員が蒼の可愛らしさに目を奪われる中、玲奈と朱美は粛々と作業を進める。

「村上さん? 蒼が浮かれて皆のお神輿(みこし)として担がれている間に、私達は粛々と作業を進めましょ? こういうイベントの道化は蒼の専売特許だから」
「玲奈ちゃん、その言い方っ!」

 玲奈の言葉に悪意はない。中学の頃から蒼のポジションに慣れている玲奈はクラスメイトの士気を上げる重要な役割は蒼に任せて粛々と作業を進める。ただ、今回の一年C組カフェ出店で異彩を放ったのは蒼だけではなかった。もう一人の隠れた主役は……玲奈である。

 珈琲係を担当する玲奈は手芸好きの女子達から衣装として喫茶店マスターの様なベストと蝶ネクタイを渡された。母から借りた黒のパンツスーツを履き、学校の制服である白いブラウスの上から蝶ネクタイ、ベストを身に着ける。

「ええっ!? 玲奈ちゃん!? めっちゃ似合ってるんだけどっ!!」
「そうかしら?」

 小柄でショートカット、眼鏡をかけた喫茶店マスター服の玲奈は、その風貌が玲奈自身のクールな雰囲気にマッチしていた事もありやたらと板についた。また、玲奈がクールに黙々と珈琲をドリップする所作も、只の女子高生のはずなのに何故か「老舗喫茶店の気難しい店主」の様に見えて客からもクラスメイトからも注目の的となった。

「わあ! 森田さん、凄くカッコいいよ!!」
「おおっ! 森田さん!? 家が喫茶店だったりするの!? 雰囲気あり過ぎなんだけど!!」
「いえ、お祖母ちゃんが駄菓子屋やってるだけよ」

……コポコポコポッ。

 盛り上がるクラスメイト達をよそに、玲奈は眼鏡を少し曇らせながら淡々と珈琲豆に湯を注ぐ。クラスメイトに対する答えも珈琲を淹れる姿もクールな玲奈である。また、朱美は炭酸ドリンク係として玲奈と同じくベストと蝶ネクタイを身に着けていたが、特に誰からも何も言われなかった。蒼や玲奈と比べると、個性は普通レベルの朱美である。

(何かっ! 蒼ちゃんと玲奈ちゃんが凄すぎて誰も私の事を見てくれないんだけどっ!!)

 蒼達のカフェ営業が始まって暫くすると、映像写真部として文化祭の記録係をする颯太がやって来た。蒼達三人は昨日の反省を踏まえ、今日は颯太に明るく楽しく普段通りに接する。蒼が颯太にした告白の答え……颯太が作った花火の色については聞きたくて堪らないのだが、そこは割り切って文化祭の期間は颯太と楽しい思い出を作る事に専念した。

 まずは店員役の蒼が颯太に声を掛ける。

「颯太君、いらっしゃい!」
「蒼さん……!? えっ!? ええっ!? あのっ……その姿! めちゃ可愛いんですけどっ!!」

 颯太もまた、蒼達と同じように昨日の気まずい対応を反省していた。人生に一度しかない高校一年の文化祭である。蒼も颯太も目を合わせ……心の一番奥にははやり気まずさもあるのだが、そこには目をつぶり文化祭という今日だけの会話を楽しむ。

「えへへっ、ありがとう颯太君! ほら、学校の記録係さん? 可愛い私を撮って!」

 蒼はいつものテンションで明るく振る舞う。クルッと回ったりポーズを取ったりする蒼にカメラを向ける颯太の周りで、便乗したクラスメイトの蒼ファンも一緒に携帯を向ける。

「こらっ男子どもっ! 可愛い蒼ちゃんばっかり撮るな! デレデレしないで仕事しろっ!」

 真面目なクラス委員の女子が手を止める男子に檄を飛ばす。一通りのポーズを取り終えた蒼が颯太に接客する。

「さて颯太君、こちらへどうぞ。オススメは……当店イチ推しマスターの玲奈が淹れる珈琲かなっ」

 蒼の言葉に、颯太は調理スペースで黙々と珈琲を淹れている玲奈に目を向ける。そしてあまりにも板についたその雰囲気に思わず声を上げる。

「ちょっ! 森田さん!? ええっ!? 何か喫茶店のベテランマスターみたいな風格出てるんだけど! どういう事!?」

 玲奈は言葉を返さずに、フッ……と澄ました笑顔だけで颯太に返事をする。

(ヤバッ! 森田さんヤバッ! めっちゃ似合ってる!?)

 そして最後に仕事も他者からの注目も少ない朱美が調理スペースから出てきて颯太に声を掛ける。

「颯太、いらっしゃい」
「ああ……」

 颯太は朱美の声掛けに一言だけ反応した後、黙って朱美の容姿を見つめる……。

「……」
「うん? 颯太、どうかした?」

「……朱美?」
「何?」

 この後、颯太の口から出たぶしつけな一言……。

「朱美は普通だな」
「なっ!」

……ブチっ!!

 朱美の中で何かが切れる音がした。朱美の中ではっきりと音が聞こえた。朱美は颯太の背中を力いっぱいはたき始める。

「ちょっと颯太! あんたねえ! 分かってるわよ! 私は蒼ちゃんみたいに可愛くないし! 玲奈ちゃんみたいにクールじゃないし! 二人と比べたら特徴無い事くらい分かってるわよ! 分かってるけど!! 何でそれを敢えて口に出して言っちゃうのよっ!? あんたにはデリカシーってもんが無いのっ!?」

……バババババッ!!

 朱美の手が颯太の背中に連続ヒットする。

「わわっ! 痛って! ちょっと待て朱美!!」

 いつもの冗談を言う幼馴染とは言え、客である颯太に対して手を上げる朱美を見かねた蒼が止めに入る。

「朱美ちゃん、落ち着いて! 颯太君はお客さんなんだから! それに悪気があった訳じゃないし!」

「朱美! 俺が悪かったよ! ごめんって!」

「でも頭にくるーっ! もうっ颯太のバカっ! 本当っ信じられないっ!! 最低っ!! 何なら頭から塩でもぶっかけてあげましょうかっ!?」

「ええっ!? 待て朱美っ!」
「朱美ちゃんダメッ! 落ち着いて!!」
「お塩ね……はいどうぞ、村上さん」

「ちょっと森田さんっ!? そこ! 塩を渡す所じゃないっ! 朱美を止める所!!」

 朱美の怒りが鎮まった後は皆で和やかに写真を撮った。蒼が颯太に珈琲を提供する所、澄ました様子で珈琲を淹れる玲奈、仕事が少なく入り口で呼び込みをする朱美、三人一緒で笑顔の写真……それぞれ楽しい思い出を記録に残した。

 こうして盛り上がった楽しい文化祭の二日間はあっという間に過ぎ、学園祭はいよいよフィナーレ……打ち上げ花火の時間が迫って来た。
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