夜空に咲く恋

第七十話 届け! 俺の想い!

 文化祭の二日間はあっという間に過ぎ、各教室で行われる出し物は終了して後片付けの時間となる。そして学園祭はいよいよフィナーレ……打ち上げ花火の時間が迫って来た。生徒達が後片付けに追われる中、校内放送で呼び出しが行われる。

「一年生の坂本颯太君、二年生の山本梨乃さん、三年生の小沢奈々さん、映像写真部の皆さんはグラウンドの学園祭実行委員テントに集合してください」

(来たっ!? 花火製作をしたメンバーと映像写真部員の呼び出し!)

 映像写真部員は打ち上げ花火の記録係である。花火に関わるメンバー全員の呼び出しで颯太に緊張が走る。そしてこの呼び出しは、蒼と朱美にとっても運命の瞬間が近づいてきた事を意味する。

(颯太君と映像写真部員の呼び出し! き……来ちゃった! ついにこの時が来ちゃった!? ……ああっ颯太君!!)

(颯太が作った花火、いよいよ打ち上がるんだね……蒼ちゃんの告白に対する返事! ああっ颯太っ!!)

 蒼と朱美が神妙な面持ちで見つめ合う。すると、隣にいた玲奈が二人の肩に両手をポンッと置き大きく頷いて言う。

「坂本君の気持ち……しっかり見届けましょ」
「玲奈……」
「玲奈ちゃん……」

 颯太が実行委員テントに向かうとそこには谷山煙火店の花火師、玉本と瀬筒の姿があった。

「玉本さん、瀬筒さん、今日はよろしくお願いします!」
「坂本君、山本さん、小沢さん、今日は皆が作ってくれた花火をきっちり打ち上げるからね!」
「ああ……」

 学校に来ても玉本の仏頂面で気難しい職人気質は健在である。しかし、谷山煙火店としては仕事の依頼主である学校という場において、流石に玉本の不愛想が過ぎるので瀬筒が指摘する。

「ちょっと先輩! 職場の中ならともかく、お客さんの学校にお邪魔してまでその態度はどうなんですか? 皆怖がっちゃいますよ!?」

「ああ……そうだな」

(玉本さんっ!? 『そうだな』の一言が増えただけ!? ……でも、適当な返事をしながらしっかり周囲の状況を目で確認してるのは流石だよな。やっぱり職人さんって気難しいけどカッコイイな)

 颯太は、瀬筒の指摘に動じない口数少ない玉本がグラウンドの様子や打ち上げ場所など……厳しい目でしっかりと周囲の状況を確認している事に気付いている。勿論それは瀬筒も同じである。瀬筒は指摘をしたものの、頼れる先輩の姿に安堵を覚えて仕事を始める。

「先輩? いつも打ち上げ花火を設営している場所はあの辺りですから、早速準備を始めましょう!」
「瀬筒、作業は安全第一だぞ」
「勿論です!」

 学園祭フィナーレの流れは次の通りである。開始時刻は午後六時。生徒会の進行役が学園祭フィナーレの開始を告げた後、生徒会長の挨拶、校長の挨拶を経て打ち上げ花火が始まる。

 今年は生徒代表の三名が打ち上げ花火の製作体験をした為、一人一人の名前がマイクで読み上げられた後、各自が製作した三発の花火が打ち上げられる。名前の紹介と三発の打ち上げが三名分繰り返された後、谷山煙火店によるフィナーレ打ち上げ花火が始まり、その終了を以て学園祭が終了となる。

 映像写真部員の颯太は腕に部活の腕章をつけ、瀬筒達の作業を邪魔しない様に記録を行う。打ち上げ花火機材の設営から花火玉のセット、着火装置の配線作業……と鮮やかな段取りと手つきで進む花火師の仕事に、記録する颯太にも熱が入る。そうして時間は過ぎ、花火設営の作業は最終段階に入った。作業の邪魔にならない様、少し離れて記録をしていた颯太に瀬筒が声を掛ける。

「坂本君! これ、君が作った打ち上げ花火! 今から打上筒に入れるからね!!」

 瀬筒の手に乗るのは三号玉と呼ばれる大きさの花火玉。「坂本颯太」と名前が書かれている。正真正銘、颯太が四日前に製作したものである。瀬筒は三発の花火玉を颯太に見せ、それぞれ打上筒にセットした。

……ドクンッ、ドクンッ

(俺が作った花火……打ち上がるんだ! 本当に打ち上がるんだ!)

 颯太はカメラを手に持ちながら興奮を覚える。

……小さな頃から大好きだった打ち上げ花火。

……七歳の時に朱美と約束した赤い打ち上げ花火。

……蒼に告白されて青色を指定された打ち上げ花火。

 颯太の花火に対する想いは並々ならぬものがある。ただ好きなだけであった打ち上げ花火が……七歳の夏に幼馴染との忘れられない大切な約束となった。そして高校生になった今……中学の頃からずっと自分に想いを寄せてくれていた蒼の告白に対して答えを伝える手段となった。

 自分の手で製作した打ち上げ花火が……自分の人生で大きな意味を持つ打ち上げ花火が……夜空に咲く瞬間がもうすぐやってくる。

(朱美っ……蒼さんっ……俺っ……俺っ!!)

 そしてまた時間が経つ。学園祭のフィナーレを告げる校内放送が鳴り響く。

「五分後に学園祭フィナーレを開催します。生徒、教職員の皆さんはグラウンドに集合してください」

 いよいよ運命の時がやって来た。生徒と教職員がグラウンドに集まる。朱美もグラウンドに向かおうとするが……隣に居た蒼は足を止めた。

「蒼ちゃん?」

 朱美の問いかけに蒼は俯き、複雑な胸の内を明かす。

「ごめん、朱美ちゃん……私、一人で花火を観てもいいかな? 颯太君の返事……告白の返事……見たら泣いちゃうかもしれないから」

「蒼ちゃん……」

 朱美は蒼の心境を察する。蒼の性格であれば颯太の返事がOKであっても、そうでなくてもきっと泣いてしまう。

「ごめんね、わがまま言って。私……教室で見るよ」
「うん……分かった」

 一年C組の教室はグラウンドに面している。教室の窓側から打ち上げ花火を観る事は可能だ。ただ、学園祭のフィナーレとしてグラウンドで打ち上がる花火を敢えて教室から観る者は居ない。皆がグラウンドへ足を向ける中、蒼は一人教室へ向かった。朱美は蒼の背中を見送った後、玲奈を探したが玲奈の姿もそこにはなかった。

(あれっ? 玲奈ちゃん……どこに行ったんだろう?)

 朱美は玲奈の携帯にメッセージを送り一人でグラウンドに向かった。グラウンドでは、生徒会の進行役が学園祭フィナーレを開始するアナウンスを告げている。

「生徒の皆さん! 先生方! 三日間に渡る学園祭お疲れ様でした! いかがでしたか? 楽しかったですか?」

「おおーっ!!」

 学園祭のフィナーレを迎え、生徒達も教職員も大きな歓声で進行役の言葉に応える。続いて生徒会長、校長の挨拶が行われ、進行役のマイクパフォーマンスも学園祭のフィナーレ打ち上げ花火に向けて熱が入る。

「それではお待たせしました! フィナーレの打ち上げ花火を始めます。皆さんご存じの通り、今年は谷山煙火店さんのご好意で、代表生徒三名が打ち上げ花火の製作体験をしました。一年生の坂本颯太君、二年生の山本梨乃さん、三年生の小沢奈々さんです!」

「おおーっ!!」

 進行役の紹介に、三名のクラスメイト達から大きな歓声が上がる。

「では、一人ずつ順番に名前を読み上げた後、製作した三発の花火が打ち上げられます! 皆さん、空にご注目下さい!」

 進行役が打ち上げ花火の点火スイッチ前で待機する瀬筒に合図をする。瀬筒も手を上げて進行役に返事をする。

「まずは一年生、坂本颯太君が作った打ち上げ花火です! お願いします!」

 颯太が製作した花火を打ち上げるアナウンスが告げられた。蒼は告白の答えが出る瞬間に……暗い教室でただ一人、両手を合わせて祈る様に夜空を見上げた。

(お願いっ! 颯太君! 私の気持ち……ずっと颯太君の事を好きだった私の気持ち! ……私の恋っ! 届いて! 青い花火……お願いっ!!)

 また朱美も溢れる想いで目を潤わせながら、祈る様に夜空を見上げていた。

(颯太……青! 青だよ! 私との約束なんていつでも良いんだから……蒼ちゃんならきっと颯太を幸せにしてくれるからっ……私なんかよりも蒼ちゃんと恋をした方が颯太はきっと幸せになれるからっ!! ……颯太と一緒になるのは私じゃない……蒼ちゃんだよ! 青! 青い花火だよ!! 颯太っ、あああっ!!)

 瀬筒は進行役のアナウンスを受け、颯太が作った三発の打ち上げ花火を点火するスイッチを押す。

……パチッ。

 自分の想いを全て詰め込んだ打ち上げ花火が夜空に上がる。颯太もまた、自分の気持ちを伝える花火がしっかりと夜空に大輪を咲かせる様……祈る思いで空を見上げた。

(朱美っ! 蒼さんっ! ……これが俺の想いだよっ! 届けっ! 俺の想い!! 夜空に咲けっ!! 俺の想いっ!!)
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