夜空に咲く恋
第七十一話~最終話

第七十一話 夜空に咲く恋

 颯太が作った三発の打ち上げ花火を点火するスイッチが押された。自分の想いを全て詰め込んだ打ち上げ花火が夜空に上がる。気持ちを伝える花火がしっかりと夜空に大輪を咲かせる様……颯太は祈る思いで空を見上げた。

(朱美っ! 蒼さんっ! ……これが俺の想いだよっ! 届けっ俺の想い!! 夜空に咲けっ!! 俺の想いっ!!)

……バーンッ バーンッ バーンッ!!

 颯太の想いを詰め込んだ花火が夜空に咲いた。三つの奇麗な大輪が夜空に咲いた。

その色は……赤である。

 真っ赤に光り輝く颯太の気持ちが夜空に咲いた。その美しい大輪が散って消えた後も……颯太は感動もひとしおに夜空を見上げ続けた。

 一方、一年C組の教室で一人夜空を見上げていた蒼は、颯太が製作した打ち上げ花火の色を観て……涙を流した。

(赤っ……赤だった。颯太君……私っ……私っ……振られちゃったんだね。ああっ……)

「ああっ、颯太君っ!! あああっ!!」

 蒼が教室で一人声を上げて泣く。静かな教室に蒼の泣き声が響く……すると、蒼の後ろから声が掛けられた。

「蒼?」

 振り返る必要はない。誰なのか? は声で分かる。玲奈である。

「玲奈……?」

 玲奈は蒼が花火を観る為に一人で教室に向かった時、気付かれない様に蒼の後を追っていた。蒼が一年C組の教室で一人夜空を見守る中、玲奈は隣の教室で颯太の花火を観ていた。その後、一年C組に戻り蒼に声を掛けた。玲奈は暗い教室でも蒼の様子がよく分かる。目に見えなくても想像だけで十分だ。玲奈は蒼の親友として一つだけ質問をする。

「蒼、一つだけ聞くわ」
「……何? ううっ」

「私は傍に居ても良い? それとも一人になりたい?」
「玲奈……」

……グスンッ、ああっ。

 蒼がすすり泣く声と共に、小さな返事が返される。

「お願い、傍にいて」
「分かったわ」

 玲奈は蒼の隣に座る。その小さな体で大きな蒼の肩を抱き寄せる。

「蒼……」
「ああっ!! 玲奈っ……観た? 颯太君の花火……赤だった。赤だったよ! ……青じゃなかった!」

「ええ、私も観たわ」
「ああっ!! 玲奈っ!!」

 玲奈は蒼の恋をずっと応援してきた。中学の時に颯太と出会って以来、蒼が颯太にずっと想いを寄せていた事を知っている。中学の時は受験生、他中学、学習塾が一緒なだけの関係……という理由で諦めてしまった恋であったが、高校生になって颯太と再会してその恋が再び動き出した。

 そして今日までずっと蒼の恋を応援してきた。支えてきた。蒼の恋を実らせる為に尽力してきた。しかし颯太は青い花火ではなく赤い花火を作ってしまった……蒼は振られてしまった。親友が失恋してしまった悲しさと、応援してきた自分の力不足を悲観して玲奈も涙を流す。

「蒼……ごめんなさい。私っ……私がもっと上手くあなたを支えていればっ……」

「もう! どうして玲奈が謝るの!? 颯太君に想いが届かなかったのは私の問題! 玲奈は何も悪くない! 玲奈は私の恋をずっと応援してくれた。支えてくれた。玲奈には感謝しかないんだからねっ!」
「蒼っ……ああっ! ごめんなさいっ」

「だから謝らないで! これ以上謝ったら怒るよ!?」
「ええ……ええ……」

「玲奈……いつも傍に居てくれてありがとう。私と親友で居てくれてありがとう! ああっ!」
「蒼、それは私も同じよ。私の方こそ……蒼には感謝しかないんだから!」

「もう! 私今失恋したばっかりっ! これ以上泣かせないでよ!」
「ごめんなさ……あっ」
「ああっ、今のは見逃してあげるからっ」
「うん、ありがとう……」

 蒼と玲奈は強く抱きしめていた力を徐々に優しくさせ、少しずつ落ち着きを取り戻す。

「はあ……それにしても私、また颯太君に振られちゃったな。中学の時と今……これで二回目だよ」

 蒼の悲嘆に、玲奈が取り戻した落ち着きで冷静な返事をする。

「蒼、それは違うわ」
「えっ?」

「あなたは中学の時は坂本君に告白してない。諦めただけでしょ? だから振られたのはこれが最初よ」

「もうっ! 玲奈のバカ! 今はその冷静さ要らない!」
「ふふっ」

 二人の泣き顔に笑顔が戻る。二人きりの暗い教室で親友だけの静かな時間が過ぎる。暫く沈黙の時間が過ぎた後……蒼が口を開く。

「颯太君が作った花火の色……赤だったね。青じゃなかった。でも……どうして赤なんだろう? 何か理由があるのかな……」

(蒼……)

 蒼の発言で玲奈は緊張する。

 蒼は颯太と朱美が七歳の時にした「赤い花火を打ち上げる約束」を知らない。しかし玲奈は知っている。颯太からも、朱美からもその約束について本人から聞いている。颯太と朱美がその約束をはっきり覚えている事、その約束が二人にとって大きな意味を持つ事を知っている。

 玲奈が一人で蒼の後を追って来た理由はここにある。玲奈はこうなる可能性を想定していた。颯太が「青い花火」ではなく「赤い花火」を作る可能性を想定していた。蒼の告白に応える「青い花火」ではなく……颯太が朱美に想いを伝える為の「赤い花火」になってしまう可能性を想定していた。

 三週間前、蒼の告白を目の前で見た朱美はその直後に取り乱して蒼の前から走り去ってしまったが、そこに在る本当の理由については蒼の為を想って言わなかった。

「颯太が作った花火が打ち上がるまで、蒼には『朱美と颯太が七歳の時に交わした赤い花火の約束』については言わない」

 蒼が告白をした後、朱美と玲奈で相談して決めた事である。それと同時に玲奈はこの時から覚悟を決めていた。

 もしも颯太が赤い花火を作ってしまったら……颯太が蒼の告白に応える青い花火ではなく、朱美との約束を守る赤い花火を作ってしまったら……「朱美と颯太が交わした赤い花火の約束」について蒼に伝えるのは自分しかいない。ずっと蒼の親友をしてきた自分しかいない……と覚悟を決めていた。

 玲奈は深呼吸をしてゆっくり口を開く。

「蒼? 聞いて欲しい事があるの」
「えっ?」

 普段と違う玲奈の雰囲気に、蒼も只事ではない話になる事を察する。

 三週間前に告白をした後、蒼もまた朱美が見せた「突然走り去る」という奇行については疑問を感じていた。そしてその後、朱美と玲奈が口を揃えて「目の前で幼馴染に突然告白をされて驚いただけ」と、同じ理由を伝えてきた事に疑問は持っていた。ただ、朱美と玲奈が自分の為に何かしらの気を遣ってくれている事も想像できた為、蒼は二人が真相を話してくれるまで何も聞くまい……心に決めていた。

 告白に対する颯太の答えが分かった今、玲奈と二人きりで教室に居る今、玲奈が本当の事を話してくれるかもしれない……そう感じた蒼は、玲奈の言葉を心して受け止める。

「蒼、まずは謝らせて。私ね、あなたに隠していた事があるの……」
「玲奈……」

 少しの間を置き、玲奈が真実を告げようとした……が、蒼が先に口を開いた。

「やっぱりそっか。うん、気付いてたよ。やっと話してくれるんだね」
「えっ?」

「もう、驚かないでよ。どれだけ玲奈と親友してると思ってるのよ? ちゃんと分かってるよ」
「蒼……気付いてたのね、ごめんなさい」

「だから……『ちゃんと分かってる』って言ってるでしょ? 玲奈が私に隠し事をするなら……それはきっと私の為を想ってしてくれた隠し事でしょ? 信じてるよ玲奈。大丈夫。玲奈が辛い思いをする必要なんて無いんだから」
「蒼……」

 蒼の言葉で玲奈の目が潤む。蒼の優しさと信頼に感謝をしながら、玲奈は話を始めた。そして、朱美と颯太が七歳の時に赤い花火を打ち上げる約束をしていた事を伝えた。話を聞いた蒼は両手で口を覆い、勢い任せだったとは言え、自分がしてしまった告白の内容を苦悶する。

「そんなっ……そんなっ……私っ、何も知らないで……そんな事って! ああっ!」

「蒼! あなたは何も悪くない! 二人の約束を知らなかったんだもの! 何も悪くないわ!!」

「だって……だって……私っ、私っ!! 朱美ちゃんと颯太君の思い出を……七歳の時からずっと忘れずに覚えていた二人の大切な約束と思い出をっ……邪魔する様な事をしてたのっ!? ああっ!! あああっっ!!!」

 蒼が再び玲奈にしがみつく。目から大粒の涙があふれ出る。止める事ができない。

「私っ……私っ……! 大切な朱美ちゃんも! 大好きな颯太君も! どっちも苦しめる様な事をしてたなんて!! あああっ!!」

「だから蒼! あなたが苦しむ必要なんて無いわ! これは誰も悪くないの! 誰も悪くないんだからっ!! 蒼っ!!」

 蒼は大切な朱美と大好きな颯太を苦しめてしまった事を思い多くの涙を流した。玲奈もまた親友の蒼が苦しみに悶える姿、自分ではどうする事もできなかった無力さに多くの涙を流した。誰も居ない教室で二人は抱き合って多くの涙を流した。それでも玲奈はまだ、涙を流しながら蒼の為に自分ができる事を探す様に言う。

「蒼? 苦しいわよね……」
「うん……ああっ、あああっ」

「こんな時、誰かを嫌いになれたら楽になれるかもしれないのに……」
「ああっ、あああっ」

「蒼は村上さんの事が大切でしょ? 嫌いになんてなれないわよね」
「当たり前でしょ……ああっ」

「坂本君の事だって大好き……よね?」
「うん、うん……そうだよっ」

「ねえ……蒼?」
「ああっ……何?」

「もし蒼が楽になれるなら……蒼が少しでも楽になれるのなら……村上さんと坂本君の約束をずっと蒼に黙っていた私を……私の事をっ」
「えっ? ……玲奈っ?」

「私の事をっ……嫌いになっても良いわよっ……それで蒼が少しでも楽になれるのならっ! 私にはもう……これくらいしかあなたにしてあげられる事がないからっ! ああっ! ああっ! 蒼っ!!」
「そんなっ!!」

 親友の玲奈から出た自虐的な優しさの言葉に、蒼は大声を上げる。

「玲奈のバカっ!!」
「えっ?」

 蒼は泣きながら玲奈の身体を強く強く抱きしめて言う。

「私は朱美ちゃんの事が大切だよ! 颯太君の事も大好き! ……でもっ!!」
「ああっ……」

「玲奈の事だって大切に決まってるでしょ!! 大好きに決まってるでしょ!! 玲奈の事を嫌いになんて……なれる訳ないでしょ!!」
「あああっ……蒼!」

「嫌いになるなんて……玲奈の事を嫌いになるなんてっ……それが一番出来ないーーーっっ!! 玲奈ーーっ!! あああっ!!」

「ああっ……蒼っ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!」

「だから謝らないでよっ! 玲奈のバカッ!!」
「あああっっ!!」

 泣きながら抱き合う二人の声が揃う。

「ありがとおぉーーーっ!! 玲奈ーっ!! あああっ!!」
「ありがとうっ!! 蒼っ!! ああっ!!」

 長年親友を続けてきた蒼と玲奈はこの後……二人きりの教室で友情の涙を流し続けた。
< 73 / 79 >

この作品をシェア

pagetop