夜空に咲く恋

第七十二話 朱美の涙

 颯太の想いを詰め込んだ花火が夜空に咲いた。見事な赤色の大輪が夜空を彩った。祈る様に夜空を見上げていた朱美は、颯太が作った花火の色を観て……夜空に咲いた赤い花火を観て……処理しきれない様々な感情に心を壊される。

(赤!? 赤い花火っ!? 颯太……何でっ……どうしてっ!? ……青じゃなきゃ駄目なのに……青じゃないとっ……蒼ちゃんがっ……蒼ちゃんがっ!! ああっ! 颯太っ!!)

 朱美は高校に入ってからずっと蒼の恋を応援してきた。颯太の事を中学の時から想ってくれていた蒼に感謝し、颯太と蒼が結ばれる事を願ってきた。しかしその途中、蒼が「青い花火を作って欲しい」と颯太に告白した事で状況が一変した。朱美は自分の心の奥にあった颯太への想いに気付き、七歳の時に颯太と交わした約束の大きさに改めて気付いた。

 ただ、朱美は「自分と颯太が幸せになる為に蒼が不幸になっても良い」とは全く考えられなかった。また「颯太は自分よりも魅力的な蒼と結ばれた方が幸せになれる」とも考えていた。女性として可愛く、美しく、スタイルも良く、性格も良く、人気もある蒼である。自分と蒼を比べたらはっきりと存在してしまう魅力の差に、朱美は劣等感を感じていた。

 颯太に対する蒼の想いも、颯太に対する自分の想いも……朱美にとってはどちらも大切である。颯太と交わした七歳の約束も大切である。颯太が赤い花火を作った今、約束を果たしてくれた事は言い様もなく嬉しい事であるが、蒼が振られてしまった事を思うと朱美は素直に喜べなかった。居ても立ってもいられなくなった朱美は、颯太が居る学園祭実行委員のテントへ走る。

(ああっ、もうっ! ……颯太っ! 颯太っ!!)

 谷山煙火店による学園祭フィナーレの花火が夜空を彩る中、朱美は颯太の手を取り強引に引っ張って連れ去る。

「颯太っ!! もうっ! 一緒に来なさい!」
「わわっ……朱美っ!?」

 朱美は人気(ひとけ)のない校舎裏にたどり着くと、握っていた颯太の手を大きくバーンッと振りほどき、力いっぱい叫んだ。

「颯太のバカッ!! もうっ!! 何やってるのよ!!」
「えっ!?」

 朱美は自分でも何を言っているのか分からない。颯太に何を伝えたら良いのか? も分からない。朱美は泣きながら感情に任せて颯太に大声を上げる。

「何で! どうしてっ! 蒼ちゃんの告白……忘れた訳じゃないでしょっ!? なのにっ……なのにどうして赤なのよっ! ……青じゃなきゃ駄目なのに……青じゃないとっ……蒼ちゃんがっ……蒼ちゃんがっ! あああっ!」

(違う……違うっ! 私が本当に言いたいのは……こんな事じゃないのにっ!)

 朱美の目から涙が落ちる。本心では颯太が赤い花火を作る約束を守ってくれた事に感謝の言葉を伝えたい。しかし大切な蒼がどこかで悲しんでいる今、蒼に対する友情の想いが朱美の口から本心が出る事を認めない。

「朱美!? ちょ、ちょっと……」

 本心を言えない苦しさを代弁するかの様な大粒の涙が朱美の目から零れ落ちる。颯太は朱美を心配して肩に手を掛けようとするが、朱美は颯太の手を振り払う。

「バカッ! 私に優しくしてる場合じゃないでしょっ!? もうっ……本当にっ……あんたはっ……」

「ちょ、ちょっと落ち着けって朱美」

「これがっ……落ち着いていられると思うのっ?! あああっ!!」

 朱美は泣き崩れる。感情を整理できずに泣き崩れたまま……本心と裏腹の言葉が立て続けに口から出てしまう。

「だって! 青い花火を作れば蒼ちゃんと付き合えたんだよっ! 蒼ちゃんとなら……颯太はきっと幸せな恋愛ができたのにっ!!」

(ダメっ……ダメだよっ……颯太に伝えたい事と違う! 私が本当に颯太に伝えたいのはっ……)

「青じゃないと……青い花火じゃないとっ……蒼ちゃんが悲しんじゃうのにっ! ああっ!」

(颯太っ……覚えてる? 私はずっと覚えてたよ。颯太との約束……七歳の時にした颯太との「赤い花火を打ち上げてくれる約束」をっ!)

「赤じゃダメなんだよ……赤い花火じゃっ……あああっ!」

 朱美は泣きながら膝から崩れ落ちる。

(言いたい! 颯太に! 「約束の赤い花火を打ち上げてくれてありがとう!」って! 思いっきり言いたい!! 颯太が約束を忘れてたとしても構わないからっ! 偶然で赤い花火だっただけでも構わないからっ!! 颯太にお礼を言いたいのにっ!!)

「ああっ……あああっ……!!」
「朱美……」

 朱美は颯太の目の前で膝をついて泣き崩れる。颯太は長い間朱美と幼馴染として過ごしてきたが、こんな朱美の姿は見た事がない。颯太は、この状況では朱美に何かを問いかけてもまともな返事は来ない……と判断し、一方的に自分の気持ちを伝えようとする。泣き崩れる朱美に向けて颯太が言う。

「朱美……聞いてくれ」
「ああっ、ああっ……」

「俺が作った花火、見てくれたよな?」
「見たわよっ」

「俺、赤い花火を作ったんだ」
「だから『見た』って言ってるでしょ! ああっ」

 朱美は泣き崩れながらも颯太の言葉に短く返事をする。

「朱美……覚えてるか?」

(……えっ?)

 颯太の口から出た一言で朱美の垂泣(すいきゅう)が一瞬止まる。

「朱美は忘れてるかもしれないけど、俺……七歳の時に朱美と一つ約束をしたんだよ」

(……えっ?)

 朱美が顔を上げる。腫れあがった目が颯太を見つめる。

(……まさかっ……颯太!?)

 朱美の脳裏に颯太と七歳の時に約束を交わした場景が蘇る。

「ねぇ颯太君? 大きくなったら、赤い大きな花火! 私の為にドーン! って打ちあげてよ!」
「うん、良いよー! 約束!」

 約束を交わした時に見た颯太の笑顔が朱美の頭にはっきりと蘇る。そしてまた朱美は泣き始める。先程までとは違う涙が朱美の目から零れ落ちる。颯太は言葉を続ける。

「俺、七歳の時に朱美と『赤い大きな花火を打ち上げる!』って約束したんだよ」

「そんなっ……そんなっ……颯太っ……」
(颯太っ!? ……覚えてて……くれたんだ!?)

 朱美は両手で顔を覆う。覆った両手の端から涙が零れ落ちる。

「ああっ……何で……どうして……覚えてるのよっ……あああっ!」
「もしかして……朱美も覚えててくれたのか?」

 忘れる訳がない。忘れられる訳がない。七歳の時に交わした約束……あの時に見た颯太の笑顔……ずっと忘れなかった。毎年夏に花火を観る度に思い出していた。朱美にとって颯太との大切な約束であり、大切な思い出である。

「そっか。朱美も覚えててくれたんだな」
「颯太っ……」

 颯太は七歳の時に交わした約束を覚えていた。朱美も約束を覚えていた。二人とも約束をずっと忘れずに覚えていた事が八年の時を経て証明された。

「朱美……」
「颯太っ……ああっ」

 二人は見つめ合う。あの日からずっと抱いてきた八年間の想いを確認し合うかの様に見つめ合う。そして颯太は朱美との約束を果たした今、蒼からの告白という大きなきっかけを経て気付いた朱美に対する想いを伝えようとする。

「朱美……聞いてくれ。俺、気付いたんだよ」
「えっ?」
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