夜空に咲く恋
第七十三話 人生の半分
颯太と朱美は、二人とも七歳の時に交わした約束をずっと忘れずに覚えていた事が八年の時を経て証明された。そして颯太は朱美との約束を果たした今、蒼からの告白という大きなきっかけを経て気付いた朱美に対する想いを伝える。
「朱美……聞いてくれ。俺、気付いたんだよ」
「えっ?」
「俺、蒼さんに告白されて……『青い花火を作って欲しい』って言われて……それからずっと悩んだよ。滅茶苦茶悩んで悩んで……花火の色を決める最後の瞬間までずっと悩んでいたんだよ」
「うん……」
「だって、青い花火を作ればあの蒼さんと付き合えるんだから」
「うん……そうだよ」
「何度も何度も『青い花火を作ろう! 蒼さんと付き合おう!』って決めようとしたんだ」
「うん……」
「でもできなかった」
「……」
(颯太……どうして?)
蒼と付き合えば幸せな恋愛ができる事は明らかである。朱美は、颯太が青を選ばなかった理由が分からない。朱美は腫れあがった目で颯太を見つめる。
「どうしても青に決められなかったんだよ」
「……どうして?」
「……」
「……」
理由を訊ねる朱美の問に一瞬の間ができたが、颯太は朱美を真っすぐに見て答えた。
「朱美だよ」
「……えっ?」
朱美は颯太の答えに耳を疑う。青い花火を作る事が出来なかった理由が「自分」とはどういう事か? 朱美は意味が分からず颯太を見つめる。颯太は自分を不思議な目で見つめてくる朱美を見返し、もう一度はっきりと言う。
「だから朱美なんだって」
「えっ? ……どういう事?」
朱美の名前を言うだけでは伝わらない。それでも颯太は朱美に自分の想いを伝えようと言い続ける。
「だから! お前だって言ってるだろ!」
「ちょっと! 意味が分からないよ! どういう事よっ!?」
「俺は青い花火を作ろうとしたよ! 何度も何度も! 蒼さんと付き合う事を想像して! そうしたら滅茶苦茶嬉しくなって! 幸せな気持ちになって!」
「だったらそれで良いじゃない! 青い花火を作れば良かったでしょ!?」
「でもダメなんだよ! ダメだったんだよ!!」
「何がっ!?」
「朱美が! 朱美の笑顔が! 七歳で約束した時の朱美の笑顔が! その後もずっとずっと……今まで俺の隣で見せてくれた朱美の笑顔がっ……邪魔をするんだよ!」
「なっ! 邪魔って何よっ!」
「だからっ!! 朱美が! 朱美の笑顔がっ! あの時の約束がっ!! 青を選ばせてくれなかったんだよっ! お前の事を考えたらっ……お前の笑顔を思い出したらっ!! 最後は赤しか選べなかったんだよ!!」
(そっ……そんなっ……颯太っ!?)
颯太は蒼から告白された後、真剣に悩んだ。その悩みの中で心の一番奥にあった感情に気付いた。朱美に対する想いに気付いた。そして朱美もまた、蒼の告白を目の前で見た後、苦しくて泣き崩れた末に颯太に対する想いに気付いた。幼馴染としてずっと一緒に過ごしてきた二人が七歳の時に交わした約束を果たした今、これまで気付いてこなかった心の奥にあった本心で向き合い始める。
「だから朱美! 俺は……朱美の事が好きなんだよ!!」
「颯太っ……」
「いつからかは分からないけどっ! でも、多分あの時だよ! 七歳で朱美と約束をした時! 『赤い花火を打ち上げる』って約束して朱美の笑顔を見た時から!! 俺は朱美の事が好きになっていたんだよっ!!」
「颯太……私……私はっ」
(そんなっ!? ……颯太がっ……私の事をっ!?)
朱美は言葉に詰まるが、颯太は言葉を続ける。
「人生の半分だぞっ!?」
「えっ?」
「だからっ……七歳の時からずっと! 俺の人生の半分ずっと! 俺は朱美の事が好きだったんだよっ!!」
「あああっ……颯太っ!!」
(私っ……言って良いの!? 「颯太の事が好き!」って言っても良いの!? でも蒼ちゃんは……蒼ちゃんがっ!)
自分も本心を言いたい。颯太の本心を聞いた今、朱美も颯太に対する想いを言いたい。しかし、最後の最後で蒼の存在が……蒼との友情が朱美にとって障害となる。
「颯太……やっぱり駄目だよ」
「えっ?」
「颯太は……蒼ちゃんと一緒になるべきだよ」
「朱美……」
「だって蒼ちゃんは……私なんかよりもずっと可愛くて、奇麗で、美人で、スタイルも良くて性格も良くて……」
「ちょっと待て、朱美」
「ううん、待たない。私なんかより蒼ちゃんと一緒になる方がきっと幸せだよ」
「だからちょっと待てって!」
「だって!」
「だってじゃない! 確かに蒼さんは朱美よりも可愛くて、奇麗で、スタイルも良くて性格も良くて! ……そんな事は分かってるんだよ!!」
「なっ! 分かるなバカッ!」
「バカは朱美の方だ! 仕方ないだろっ!? 気付いたんだからっ!! 朱美が! 朱美の事が好きだって気付いてしまったんだから!!」
(颯太っ……あああっ!!)
大切な蒼の事を想い、心の中から出てしまわない様に朱美の本心を抑えつけてきた壁が……朱美の本心を封じ込めていた心の中にあった壁が……颯太の言葉で壊される。朱美は苦しみから解放された様に本心を吐き出す。
(私っ……私はっ……)
「私だって!! 颯太の事がっ……好きっ!! ああっ!!」
「朱美!!」
やっと言えた。ずっと気付かなかった自分の本心を……気付いたとしても蒼の為に言えなかった自分の本心を……颯太に伝える事ができた。朱美の目から沢山の涙が零れ落ちる。
「颯太っ! 颯太っ!! あああっ!!」
「朱美!」
二人は想いを告げた勢いで抱きしめ合った。空では学園祭フィナーレの花火が終わりを迎えていた。薄暗い静かな校舎裏で、颯太と朱美が抱きしめ合う。暫くの間、二人は抱きしめ合った……。
「……」
「……」
二人は気持ちが高ぶった勢いのままに抱きしめ合っていたのだが、その勢いも収まり……少しずつ冷静に今の状況を見始める。
(俺……朱美に告白しちゃったんだよな。で、朱美も俺の事を「好きだ」って言ってくれて……って、ええっ!? えええっ!? 朱美も俺の事を!?)
(ど、どうしよう……私、颯太に好きって言っちゃった!? それに颯太も私の事を「好き」って言ったよね!? あわわわっ)
現状、二人は薄暗い静かな校舎裏で抱きしめ合っている。抱きしめ合ったその瞬間は、その行動に見合う高まる感情で成り立つ行為であった。しかし、冷静さを取り戻して幼馴染として我に返った今、人気のない校舎裏で二人きりで抱きしめ合っている……という状況は、颯太と朱美のどちらにとっても気まずい以外の何物でもない。
颯太と朱美は生まれてからずっと家族の様に幼馴染として過ごしてきた。お互いに想い合っていた事が分かったとは言え、急にこれまでと違う対象として……恋人として見る事は容易ではない。
とりあえず颯太と朱美は強く抱きしめ合っていた身体を離して顔を見る。相手の顔が間近にある。二人は互いにずっと心に秘めていた想いを告白し、抱きしめ合い……その直後に間近の距離で見つめ合っている。
(どどどっ……どうしようっ!? これっ……あれのタイミングかっ!? 今!? ここでっ!? 朱美とっ!?)
(ちょ……颯太!? まさか変な事考えてる!? ちょちょちょっ……いきなり!? 無理無理!? だ、ダメだよ颯太!!)
もし颯太と朱美が幼馴染でなかったら……友人として始まった付き合いからの告白であったなら……二人の顔の距離はゼロになっていたかもしれない。しかし、互いに昨日までずっと家族の様な存在として見てきた二人にとって、突然そのような行為に及ぶ事は度し難い。
颯太も朱美も間近の距離で見つめ合う事が恥ずかしくなる。そして余計な想像がその恥ずかしさに拍車をかける。二人は堪らず……互いの顔を見なくて済む様に再び抱き合った。
……バッ!
「あ、あのさっ颯太!? あっ……アレだよね!? 私達って……そ、そういうのじゃないじゃん!?」
「あっ、ああっ……そうだよな」
「だからねっ……別にっ、嫌とかそういうのじゃないんだけどっ」
「う、うんっ……分かる。分かるよっ」
「あのねっ……そういうのは、そのっ……ゆっくりって言うか、もっと落ち着いてって言うかさ」
「おっ、俺もっ……そう思う。うん、何か……俺と朱美の場合はそうだよなっ」
幼馴染とは特殊な関係である。ずっと一緒の時を過ごしてきた颯太と朱美は家族の様な存在である。何かのきっかけで恋人関係に発展する場合もあれば、そうはならない場合もある。もし恋人関係に発展するとしても、それには長い時間がかかる場合もある。
学園祭のフィナーレで打ち上がった赤い花火。
颯太が作った赤い花火。
颯太と朱美が七歳の時に交わした約束が果たされた赤い花火。
二人の恋を夜空に咲かせた赤い花火。
この夜をきっかけに「家族」の様な存在だった颯太と朱美は、互いを「恋人」という存在として見る新しい一歩を踏み出した。
「朱美……聞いてくれ。俺、気付いたんだよ」
「えっ?」
「俺、蒼さんに告白されて……『青い花火を作って欲しい』って言われて……それからずっと悩んだよ。滅茶苦茶悩んで悩んで……花火の色を決める最後の瞬間までずっと悩んでいたんだよ」
「うん……」
「だって、青い花火を作ればあの蒼さんと付き合えるんだから」
「うん……そうだよ」
「何度も何度も『青い花火を作ろう! 蒼さんと付き合おう!』って決めようとしたんだ」
「うん……」
「でもできなかった」
「……」
(颯太……どうして?)
蒼と付き合えば幸せな恋愛ができる事は明らかである。朱美は、颯太が青を選ばなかった理由が分からない。朱美は腫れあがった目で颯太を見つめる。
「どうしても青に決められなかったんだよ」
「……どうして?」
「……」
「……」
理由を訊ねる朱美の問に一瞬の間ができたが、颯太は朱美を真っすぐに見て答えた。
「朱美だよ」
「……えっ?」
朱美は颯太の答えに耳を疑う。青い花火を作る事が出来なかった理由が「自分」とはどういう事か? 朱美は意味が分からず颯太を見つめる。颯太は自分を不思議な目で見つめてくる朱美を見返し、もう一度はっきりと言う。
「だから朱美なんだって」
「えっ? ……どういう事?」
朱美の名前を言うだけでは伝わらない。それでも颯太は朱美に自分の想いを伝えようと言い続ける。
「だから! お前だって言ってるだろ!」
「ちょっと! 意味が分からないよ! どういう事よっ!?」
「俺は青い花火を作ろうとしたよ! 何度も何度も! 蒼さんと付き合う事を想像して! そうしたら滅茶苦茶嬉しくなって! 幸せな気持ちになって!」
「だったらそれで良いじゃない! 青い花火を作れば良かったでしょ!?」
「でもダメなんだよ! ダメだったんだよ!!」
「何がっ!?」
「朱美が! 朱美の笑顔が! 七歳で約束した時の朱美の笑顔が! その後もずっとずっと……今まで俺の隣で見せてくれた朱美の笑顔がっ……邪魔をするんだよ!」
「なっ! 邪魔って何よっ!」
「だからっ!! 朱美が! 朱美の笑顔がっ! あの時の約束がっ!! 青を選ばせてくれなかったんだよっ! お前の事を考えたらっ……お前の笑顔を思い出したらっ!! 最後は赤しか選べなかったんだよ!!」
(そっ……そんなっ……颯太っ!?)
颯太は蒼から告白された後、真剣に悩んだ。その悩みの中で心の一番奥にあった感情に気付いた。朱美に対する想いに気付いた。そして朱美もまた、蒼の告白を目の前で見た後、苦しくて泣き崩れた末に颯太に対する想いに気付いた。幼馴染としてずっと一緒に過ごしてきた二人が七歳の時に交わした約束を果たした今、これまで気付いてこなかった心の奥にあった本心で向き合い始める。
「だから朱美! 俺は……朱美の事が好きなんだよ!!」
「颯太っ……」
「いつからかは分からないけどっ! でも、多分あの時だよ! 七歳で朱美と約束をした時! 『赤い花火を打ち上げる』って約束して朱美の笑顔を見た時から!! 俺は朱美の事が好きになっていたんだよっ!!」
「颯太……私……私はっ」
(そんなっ!? ……颯太がっ……私の事をっ!?)
朱美は言葉に詰まるが、颯太は言葉を続ける。
「人生の半分だぞっ!?」
「えっ?」
「だからっ……七歳の時からずっと! 俺の人生の半分ずっと! 俺は朱美の事が好きだったんだよっ!!」
「あああっ……颯太っ!!」
(私っ……言って良いの!? 「颯太の事が好き!」って言っても良いの!? でも蒼ちゃんは……蒼ちゃんがっ!)
自分も本心を言いたい。颯太の本心を聞いた今、朱美も颯太に対する想いを言いたい。しかし、最後の最後で蒼の存在が……蒼との友情が朱美にとって障害となる。
「颯太……やっぱり駄目だよ」
「えっ?」
「颯太は……蒼ちゃんと一緒になるべきだよ」
「朱美……」
「だって蒼ちゃんは……私なんかよりもずっと可愛くて、奇麗で、美人で、スタイルも良くて性格も良くて……」
「ちょっと待て、朱美」
「ううん、待たない。私なんかより蒼ちゃんと一緒になる方がきっと幸せだよ」
「だからちょっと待てって!」
「だって!」
「だってじゃない! 確かに蒼さんは朱美よりも可愛くて、奇麗で、スタイルも良くて性格も良くて! ……そんな事は分かってるんだよ!!」
「なっ! 分かるなバカッ!」
「バカは朱美の方だ! 仕方ないだろっ!? 気付いたんだからっ!! 朱美が! 朱美の事が好きだって気付いてしまったんだから!!」
(颯太っ……あああっ!!)
大切な蒼の事を想い、心の中から出てしまわない様に朱美の本心を抑えつけてきた壁が……朱美の本心を封じ込めていた心の中にあった壁が……颯太の言葉で壊される。朱美は苦しみから解放された様に本心を吐き出す。
(私っ……私はっ……)
「私だって!! 颯太の事がっ……好きっ!! ああっ!!」
「朱美!!」
やっと言えた。ずっと気付かなかった自分の本心を……気付いたとしても蒼の為に言えなかった自分の本心を……颯太に伝える事ができた。朱美の目から沢山の涙が零れ落ちる。
「颯太っ! 颯太っ!! あああっ!!」
「朱美!」
二人は想いを告げた勢いで抱きしめ合った。空では学園祭フィナーレの花火が終わりを迎えていた。薄暗い静かな校舎裏で、颯太と朱美が抱きしめ合う。暫くの間、二人は抱きしめ合った……。
「……」
「……」
二人は気持ちが高ぶった勢いのままに抱きしめ合っていたのだが、その勢いも収まり……少しずつ冷静に今の状況を見始める。
(俺……朱美に告白しちゃったんだよな。で、朱美も俺の事を「好きだ」って言ってくれて……って、ええっ!? えええっ!? 朱美も俺の事を!?)
(ど、どうしよう……私、颯太に好きって言っちゃった!? それに颯太も私の事を「好き」って言ったよね!? あわわわっ)
現状、二人は薄暗い静かな校舎裏で抱きしめ合っている。抱きしめ合ったその瞬間は、その行動に見合う高まる感情で成り立つ行為であった。しかし、冷静さを取り戻して幼馴染として我に返った今、人気のない校舎裏で二人きりで抱きしめ合っている……という状況は、颯太と朱美のどちらにとっても気まずい以外の何物でもない。
颯太と朱美は生まれてからずっと家族の様に幼馴染として過ごしてきた。お互いに想い合っていた事が分かったとは言え、急にこれまでと違う対象として……恋人として見る事は容易ではない。
とりあえず颯太と朱美は強く抱きしめ合っていた身体を離して顔を見る。相手の顔が間近にある。二人は互いにずっと心に秘めていた想いを告白し、抱きしめ合い……その直後に間近の距離で見つめ合っている。
(どどどっ……どうしようっ!? これっ……あれのタイミングかっ!? 今!? ここでっ!? 朱美とっ!?)
(ちょ……颯太!? まさか変な事考えてる!? ちょちょちょっ……いきなり!? 無理無理!? だ、ダメだよ颯太!!)
もし颯太と朱美が幼馴染でなかったら……友人として始まった付き合いからの告白であったなら……二人の顔の距離はゼロになっていたかもしれない。しかし、互いに昨日までずっと家族の様な存在として見てきた二人にとって、突然そのような行為に及ぶ事は度し難い。
颯太も朱美も間近の距離で見つめ合う事が恥ずかしくなる。そして余計な想像がその恥ずかしさに拍車をかける。二人は堪らず……互いの顔を見なくて済む様に再び抱き合った。
……バッ!
「あ、あのさっ颯太!? あっ……アレだよね!? 私達って……そ、そういうのじゃないじゃん!?」
「あっ、ああっ……そうだよな」
「だからねっ……別にっ、嫌とかそういうのじゃないんだけどっ」
「う、うんっ……分かる。分かるよっ」
「あのねっ……そういうのは、そのっ……ゆっくりって言うか、もっと落ち着いてって言うかさ」
「おっ、俺もっ……そう思う。うん、何か……俺と朱美の場合はそうだよなっ」
幼馴染とは特殊な関係である。ずっと一緒の時を過ごしてきた颯太と朱美は家族の様な存在である。何かのきっかけで恋人関係に発展する場合もあれば、そうはならない場合もある。もし恋人関係に発展するとしても、それには長い時間がかかる場合もある。
学園祭のフィナーレで打ち上がった赤い花火。
颯太が作った赤い花火。
颯太と朱美が七歳の時に交わした約束が果たされた赤い花火。
二人の恋を夜空に咲かせた赤い花火。
この夜をきっかけに「家族」の様な存在だった颯太と朱美は、互いを「恋人」という存在として見る新しい一歩を踏み出した。