夜空に咲く恋

第七十四話 謝罪の涙

 颯太と朱美は、ずっと心の内に秘めていた互いの本心を伝え合った。互いに異性として想っている事を伝え合った。二人は静かな校舎裏で座って話をする。

「颯太? 私達の事は何て言うか、色々アレなんだけど……」
「ああ。色々アレだよな……」

「でもね、私は自分達の事よりもやっぱり蒼ちゃんが気になるよ」
「分かってる」

「蒼ちゃんも颯太の返事……赤い花火を見ていたと思うけど、颯太の気持ちをちゃんと話して伝えた方が良いんじゃない?」

「勿論そうするつもり。明日、蒼さんと話すよ」
「うん……」

 颯太は蒼の告白に対して「赤い花火」という形でノーの返事を伝えた。しかしそれだけで終わる訳にはいかない。自分の言葉で蒼に直接気持ちを伝える必要がある。颯太は翌日、蒼を呼び出した。

 学園祭フィナーレを終えた翌日は日曜日である。クラスの出し物で当日中に後片付けが終わらなかった部分の処理や、午後からの部活等……登校する生徒もいる。颯太は映像写真部として学園祭映像の編集作業、蒼は部活で午後から登校する予定だった為、颯太は昼に蒼を呼び出した。

 二人は登校前に岡崎公園の側を流れる乙川の畔で待ち合わせた。ゆったりと流れる乙川越しに岡崎城が見えるこの場所は多くの岡崎市民を癒す絶好の休憩スポットである。また、颯太や朱美、蒼と玲奈も学校帰りによく立ち寄って話をする場所である。

 先に到着していた颯太の元に、蒼がやって来た。

「颯太君?」
「蒼さん……」

 二人は目を合わせる。告白をした蒼。告白をされて返事にノーを伝えた颯太。まずは重い空気が二人を包む。それでも颯太は心の中で深呼吸をして話し始める。

「蒼さん、こんな所まで呼び出してごめんね」
「ううん、私も颯太君と話したいと思ってたから。それに学校じゃ誰に聞かれるか分からないしね」

「ありがとう、蒼さん……」

 蒼は颯太から告白の返事を受け取った。夜空に咲いた赤い花火……颯太から告げられたノーの返事である。蒼に自分の気持ちを話して伝えたいと考えていた颯太と同様、蒼もまた颯太に自分の気持ちを話して伝えたかった。もし颯太からの呼び出しが無かったとしても、蒼の方から颯太を呼び出すつもりでいた。

「蒼さん、昨日の花火……観てくれたよね? 俺の返事なんだけど……」
「うん」

 颯太はビシっと姿勢を正す。次に言われる事が想像できる蒼もまた姿勢を正し、真っすぐに颯太を見つめる。

「あのっ! ごめんなさい!! 俺っ、蒼さんとは付き合えないです!!」
「うん、分かってる……」

 颯太が頭を下げる。答えは分かっていた。昨日の夜から知っていた。赤い花火が夜空に咲いた時から分かっていたはずなのに……蒼の目から涙が出る。

「こんなに可愛くて奇麗で美人でっ! 性格も良い蒼さんを振るなんてどうかしてると思うけど……でもっ、ダメだったんだ。蒼さん、本当にごめんなさい!!」

「うん……うんっ……颯太君、ありがとう、ちゃんと言葉で伝えてくれて」

……ズズッ……あぁっ。

 小さな嗚咽、鼻をすする音、流れる涙……身体中から蒼の悲しみが表れている。自分のせいで蒼がそのような姿になってしまった事に颯太もやるせない思いでいっぱいになる。

「蒼さん……」
「颯太君……」

 昨夜、颯太からの呼び出しを受けた蒼には三つの大きな思いがあった。

 一つ目は颯太の口から、颯太の言葉で告白の返事を聞く事である。今その一つ目は達成された。

 二つ目は颯太への謝罪である。蒼は勢い任せで告白の返事に「青い花火」を希望してしまった。颯太と朱美が七歳の時に交わした大切な「赤い花火」の約束を知らずに「青い花火」を希望してしまった。蒼は颯太と朱美の「赤い花火」の約束を知った後、自分がしてしまった告白の内容を後悔した。颯太と朱美の大切な約束を……大切な思い出を汚してしまった事、二人を苦しめてしまった事を後悔した。

 少しの沈黙があった後、次は蒼が話し始める。

「ごめんねっ、私……今日は泣くつもりじゃなかったのに」
「蒼さん……」
「ああっ」

 上を向き、顔を手で拭いながら蒼が言葉を続ける。

「私ね、颯太君に謝らないといけない事があるの」
(えっ?)

 今日謝るのは自分の方である……そう思ってここに来た颯太は、蒼の口から出た意外な言葉に驚く。

「私ね、聞いたんだ。颯太君と朱美ちゃんが七歳の時にした約束」
「えっ!?」

 蒼の言葉に颯太は更に驚く。

「颯太君と朱美ちゃん……七歳の時に約束してたんだよね? 『赤い花火を打ち上げてあげる!』って」
「蒼さん……何でっ!?」

「ふふっ。女子高生の友情と情報網を甘く見ちゃダメだよ」
「あ、うん……」

 一体どのような経緯で蒼が約束の事を知ったのか? 颯太は想像を巡らすが答えには辿り着かない。

「だからね。 私も……私も颯太君に謝らせて欲しいの! 本当にごめんなさい!! あんな告白をしてしまって……『告白の返事は青い花火が良い!』なんて言ってしまって!! 私っ……私っ!!」

 颯太に謝る事が出来た蒼の感情は止まらない。それどころか更に勢いを増す。颯太と朱美を苦しめてしまった苦悩と後悔が一気に溢れ出す。

「私っ! 私っ! 朱美ちゃんの事が本当に大切で大好きなの! 勿論颯太君の事も大好き! なのにっ……なのにっ! 私の我儘で! 私の身勝手で!! 大好きな二人を苦しめてしまって!! 大切な二人の思い出を! ずっとずっと心の中で大切にしてきた二人の約束を私はっ……ああっ!!」

 堰が壊れたかの様に蒼の目から涙が流れ落ちる。

「蒼さん! 大丈夫だよ! 大丈夫だからっ!!」

 颯太は蒼の肩に手をかけて寄り添う。

「蒼さん、分かったから。もう分かったから」
「ああっ!! 颯太君っ!! ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ!! 朱美ちゃんっ! 颯太君! あああっ!!」

 蒼は暫くの間、苦悶と謝罪の涙を流し続けた。
< 76 / 79 >

この作品をシェア

pagetop