夜空に咲く恋
第七話 肩を叩く中学生と駄菓子の中学生
M中学に通う颯太、R中学に通う蒼と玲奈。三人は中学三年生を対象にした大手学習塾の夏期講習で出会っていた。
――颯太、中学三年生の七月。
颯太は親の勧めもあり大手学習塾の夏期講習に申込みをした。その初日、颯太は受付を済ませて講義室に入り席につく。颯太の席は講義室の後方、壁から二番目だ。事前に席に置かれていた数冊のテキストをパラパラとめくる。
(国語、数学、理科、英語、社会……五科目一冊ずつ、こんなに沢山……さすが大手の学習塾。はぁ、受験生になったら夏はこんなに勉強するのか)
颯太は夏期講習で詰め込まれる学習量の多さを思うとため息をつき、現実から目をそらすようにテキストを閉じた。そして周囲を見渡す。
大手の学習塾ともなると近隣の他中学からも申し込みが行われる為、講義室内には他校の制服を着た学生が多くいる。颯太のR中学を含めておよそ四、五校であろうか。同じ中学同士で集まる者、静かに着席している者……とその行動は様々だ。
(俺の前後左右の座席にもテキストが置かれているから、きっと生徒が来るよな。同じ中学の生徒なら良いけど、知らない学校の生徒が隣だと気を遣いそうだな……)
他校の中学生と隣同士になれば会話もしなければならないのか? と、颯太は不安に感じながら夏期講習の開始を待った。すると、教室の入り口付近から有り余る元気で大きな声が聞こえてきた。
「私達の講義室はココだねー!」
よく響く大きな声とともに講義室に入ってきた二人の女子生徒。
先に入ってきたのは長身で顔立ちの整った女子、三浦蒼だ。控え目に言っても美人である。美人な容姿と元気で大きな声にはギャップを感じるが、その声と明るい笑顔には蒼の元気さがよく表れていた。
「蒼? 他中学の生徒も居るんだから、声の大きさに気を付けて」
「あはは、ごめんごめん!」
後に入ってきたのは小柄で眼鏡をかけた女子、森田玲奈である。ショートカットが小柄な体格によく似合う落ち着いた雰囲気の女子だ……が、何故か口には駄菓子の「酢昆布」を咥えている。
(女子中学生が塾で酢昆布っ!?)
大声の長身美人と酢昆布を口に咥えた小柄女子が講義室に登場する……という意表を突かれた光景に、颯太はハッと驚き二人を注視してしまう。すると、その二人は座席を確認しながら颯太の目の前にやってきた。
(俺の隣!? ……と、その後ろの座席!?)
「私の席はココだね。で、玲奈は私の後ろだったよね」
「そうね。知った顔が近くに居るのは安心だわ」
……。
颯太、蒼、玲奈の三人が視線を合わす。中学三年生という思春期、異性かつ初対面で他校の生徒と視線が合う……という状況である。
(いきなり気さくに会話とか出来ないし……簡単な挨拶をするだけで良いかな?)
……と考える颯太は、ゆっくり慎重に自己紹介をしようとしたが、颯太の口よりも先に蒼の口と肩から伸びる長い手が動いていた。
(ええっ!?)
「君、私の隣なんだねー! 私、三浦蒼! R中学……って制服見れば分かるか、よろしくっ!!」
隣に座った長身の美人が大きな声を出したかと思ったら、彼女の腕は颯太の肩を激しくバシバシと叩き始めた。
(なっ!? いきなり肩をバシバシ叩いてきた!?)
戸惑う颯太の横で、蒼を諭しながら玲奈も名乗る。
「こらこら蒼、いきなり初対面の相手の肩を叩いたらダメだといつも言ってるでしょう? こちらの人も困ってるじゃない。ごめんなさいね。彼女、悪気はないから許してあげて。えっと、私は森田玲奈。蒼と同じくR中よ」
(いやっ、ちゃんとした事を喋っているんだけど、口に酢昆布咥えたまま!?)
いきなり肩を叩いてくる大柄の女子と、酢昆布を咥えたまま喋る小柄な女子。二人の奇想天外な行動に圧倒されながらも颯太はとりあえず名乗る。
「M中学の坂本颯太です。俺の隣と……その後ろの席なんですね。よろしくお願いします」
「そっか、坂本颯太君ね! 夏期講習の間よろしくねっ!」
「坂本君、私もよろしく」
颯太と蒼、玲奈の三人はこうして衝撃的な出会いを果たした。その後、特に会話をする事もなく夏期講習は開始され、初日の講習を終えた颯太は帰宅した。すると、家の中に入ろうとした所で向かいの家に住む朱美が、二階にある自分の部屋の窓から颯太に声をかけてきた。
「颯太、お帰りー。今日は塾の夏期講習だったよね? どうだった?」
「いや、窓から話しかけてくるなよ。あとでメッセージ送るから」
「ごめんごめん、そうだよね。じゃ、また後で」
颯太は自分の部屋に戻って一息つき、携帯を確認すると朱美からメッセージの着信があった。颯太はベッドに横たわり返信をする。
「夏期講習お疲れさま。どうだった? 大手学習塾の勉強はスパルタでめっちゃ厳しかったりするの?」
「いや、テキストの多さには驚いたけど、雰囲気はそこまで厳しくなかったかな。でも、成績は上げないといけないから、学校の授業よりは緊張感あったよ」
「そっかー。部活も終わったら受験本番だもんね。はあ……皆、これからは必死に勉強しちゃうのか……」
ショボーン……のスタンプが画面に現れる。
「朱美も既に塾に通ってるだろ。勉強してるのは朱美も同じ」
ヤレヤレ……のスタンプが送られる。
「あはは、それ言われちゃうとね。でも颯太が行ってる夏期講習って他の中学の生徒も来てるんでしょ?」
「ああ。四、五校から集まってる感じだったな」
「へぇー。それはそれでちょっと刺激になるかもね」
「そうか? 勉強する為に行ってる訳だから他の生徒なんて気にならないと思うけど?」
「はぁー……颯太は分かってないなぁ」
ヤレヤレ……のスタンプが朱美から返される。
「何が?」
「私達中三だよ? 思春期真っ只中だよ? あの子可愛いなぁーとか、あの人カッコイイ! とかあってもいいじゃん」
「いや、異性を見てたら動機が不純だろ。塾の夏期講習なんだから」
(そっか……そこは颯太だもんね)
いつも通りのぶっきらぼうな颯太の物言いに朱美はホッと安心する。しかし、颯太に思春期らしい発想が全くない事には若干の寂しさも感じてしまい、次の返信には少し時間がかかってしまった。
「ん? どうした?」
「あ、ごめん……でも他校の生徒さんって、いろんな人がいるでしょう?」
「ああ、それはもう驚いたぞ」
「えっ? 何か衝撃的な出会いでもあったの?」
「聞いて驚くなよ? 初対面でバシバシ肩を叩てくる女と、駄菓子の酢昆布を咥えた女が居た」
「ぶっ!? 何それ? ネタですか? 颯太、嘘つくならもうちょっとマシなのにしなよー」
イヤイヤ……と否定の手を振るスタンプ。
「いや、それが本当なんだよ。俺も信じられなかったけど、R中の女子でさ。えっと、三浦さんと森田さんって言ったかな」
「へー、颯太君? さっきは女子に興味ないとか言ってたくせに、名前とか覚えちゃってるんだ? へぇー……」
ジーッ……と見つめるスタンプ。
「こらこら、なんでそうなるんだよ」
「あはは、ごめんごめん」
「ほら、そろそろやめるぞ。朱美と話してたらいつまでたっても終わらないからな」
「はいはい。分かりましたよー。また他校女子とのイチャイチャ話、聞かせてね」
「ぶっ、何だよそれ。俺は勉強しに行ってるの、べ・ん・き・ょ・う!」
机で勉強中……のスタンプ。
「はーい、分かりました。じゃあまたね」
「はいよ、またな」
朱美は颯太とのやりとりを終え、携帯を伏せてベッドに横たわる。
(颯太、今まではずっと一緒だったのに。私の知らない場所に居る颯太か……まぁ、中三だもんね。別々の所で過ごす事も多くなるよね)
朱美は颯太と幼馴染で小さな頃からずっと一緒に過ごしてきた。隣に居る事が当たり前だった。勿論、学校ではクラスも違えば部活も違い、別々の時間を過ごす事は多々あった。しかし、朱美が全く知らない他校の生徒と一緒になる塾の夏期講習というこの状況は、不思議と朱美に「颯太と自分は別々の時を過ごしている」……という事を強く意識させてしまう。
(はぁ。何だろう、この感じ……)
朱美の口から小さなため息がこぼれる。自分でもよく分からない感情に苛まれる。朱美は暫くの間……ベッドで横になったままぼんやりと天井を仰いだ。
――颯太、中学三年生の七月。
颯太は親の勧めもあり大手学習塾の夏期講習に申込みをした。その初日、颯太は受付を済ませて講義室に入り席につく。颯太の席は講義室の後方、壁から二番目だ。事前に席に置かれていた数冊のテキストをパラパラとめくる。
(国語、数学、理科、英語、社会……五科目一冊ずつ、こんなに沢山……さすが大手の学習塾。はぁ、受験生になったら夏はこんなに勉強するのか)
颯太は夏期講習で詰め込まれる学習量の多さを思うとため息をつき、現実から目をそらすようにテキストを閉じた。そして周囲を見渡す。
大手の学習塾ともなると近隣の他中学からも申し込みが行われる為、講義室内には他校の制服を着た学生が多くいる。颯太のR中学を含めておよそ四、五校であろうか。同じ中学同士で集まる者、静かに着席している者……とその行動は様々だ。
(俺の前後左右の座席にもテキストが置かれているから、きっと生徒が来るよな。同じ中学の生徒なら良いけど、知らない学校の生徒が隣だと気を遣いそうだな……)
他校の中学生と隣同士になれば会話もしなければならないのか? と、颯太は不安に感じながら夏期講習の開始を待った。すると、教室の入り口付近から有り余る元気で大きな声が聞こえてきた。
「私達の講義室はココだねー!」
よく響く大きな声とともに講義室に入ってきた二人の女子生徒。
先に入ってきたのは長身で顔立ちの整った女子、三浦蒼だ。控え目に言っても美人である。美人な容姿と元気で大きな声にはギャップを感じるが、その声と明るい笑顔には蒼の元気さがよく表れていた。
「蒼? 他中学の生徒も居るんだから、声の大きさに気を付けて」
「あはは、ごめんごめん!」
後に入ってきたのは小柄で眼鏡をかけた女子、森田玲奈である。ショートカットが小柄な体格によく似合う落ち着いた雰囲気の女子だ……が、何故か口には駄菓子の「酢昆布」を咥えている。
(女子中学生が塾で酢昆布っ!?)
大声の長身美人と酢昆布を口に咥えた小柄女子が講義室に登場する……という意表を突かれた光景に、颯太はハッと驚き二人を注視してしまう。すると、その二人は座席を確認しながら颯太の目の前にやってきた。
(俺の隣!? ……と、その後ろの座席!?)
「私の席はココだね。で、玲奈は私の後ろだったよね」
「そうね。知った顔が近くに居るのは安心だわ」
……。
颯太、蒼、玲奈の三人が視線を合わす。中学三年生という思春期、異性かつ初対面で他校の生徒と視線が合う……という状況である。
(いきなり気さくに会話とか出来ないし……簡単な挨拶をするだけで良いかな?)
……と考える颯太は、ゆっくり慎重に自己紹介をしようとしたが、颯太の口よりも先に蒼の口と肩から伸びる長い手が動いていた。
(ええっ!?)
「君、私の隣なんだねー! 私、三浦蒼! R中学……って制服見れば分かるか、よろしくっ!!」
隣に座った長身の美人が大きな声を出したかと思ったら、彼女の腕は颯太の肩を激しくバシバシと叩き始めた。
(なっ!? いきなり肩をバシバシ叩いてきた!?)
戸惑う颯太の横で、蒼を諭しながら玲奈も名乗る。
「こらこら蒼、いきなり初対面の相手の肩を叩いたらダメだといつも言ってるでしょう? こちらの人も困ってるじゃない。ごめんなさいね。彼女、悪気はないから許してあげて。えっと、私は森田玲奈。蒼と同じくR中よ」
(いやっ、ちゃんとした事を喋っているんだけど、口に酢昆布咥えたまま!?)
いきなり肩を叩いてくる大柄の女子と、酢昆布を咥えたまま喋る小柄な女子。二人の奇想天外な行動に圧倒されながらも颯太はとりあえず名乗る。
「M中学の坂本颯太です。俺の隣と……その後ろの席なんですね。よろしくお願いします」
「そっか、坂本颯太君ね! 夏期講習の間よろしくねっ!」
「坂本君、私もよろしく」
颯太と蒼、玲奈の三人はこうして衝撃的な出会いを果たした。その後、特に会話をする事もなく夏期講習は開始され、初日の講習を終えた颯太は帰宅した。すると、家の中に入ろうとした所で向かいの家に住む朱美が、二階にある自分の部屋の窓から颯太に声をかけてきた。
「颯太、お帰りー。今日は塾の夏期講習だったよね? どうだった?」
「いや、窓から話しかけてくるなよ。あとでメッセージ送るから」
「ごめんごめん、そうだよね。じゃ、また後で」
颯太は自分の部屋に戻って一息つき、携帯を確認すると朱美からメッセージの着信があった。颯太はベッドに横たわり返信をする。
「夏期講習お疲れさま。どうだった? 大手学習塾の勉強はスパルタでめっちゃ厳しかったりするの?」
「いや、テキストの多さには驚いたけど、雰囲気はそこまで厳しくなかったかな。でも、成績は上げないといけないから、学校の授業よりは緊張感あったよ」
「そっかー。部活も終わったら受験本番だもんね。はあ……皆、これからは必死に勉強しちゃうのか……」
ショボーン……のスタンプが画面に現れる。
「朱美も既に塾に通ってるだろ。勉強してるのは朱美も同じ」
ヤレヤレ……のスタンプが送られる。
「あはは、それ言われちゃうとね。でも颯太が行ってる夏期講習って他の中学の生徒も来てるんでしょ?」
「ああ。四、五校から集まってる感じだったな」
「へぇー。それはそれでちょっと刺激になるかもね」
「そうか? 勉強する為に行ってる訳だから他の生徒なんて気にならないと思うけど?」
「はぁー……颯太は分かってないなぁ」
ヤレヤレ……のスタンプが朱美から返される。
「何が?」
「私達中三だよ? 思春期真っ只中だよ? あの子可愛いなぁーとか、あの人カッコイイ! とかあってもいいじゃん」
「いや、異性を見てたら動機が不純だろ。塾の夏期講習なんだから」
(そっか……そこは颯太だもんね)
いつも通りのぶっきらぼうな颯太の物言いに朱美はホッと安心する。しかし、颯太に思春期らしい発想が全くない事には若干の寂しさも感じてしまい、次の返信には少し時間がかかってしまった。
「ん? どうした?」
「あ、ごめん……でも他校の生徒さんって、いろんな人がいるでしょう?」
「ああ、それはもう驚いたぞ」
「えっ? 何か衝撃的な出会いでもあったの?」
「聞いて驚くなよ? 初対面でバシバシ肩を叩てくる女と、駄菓子の酢昆布を咥えた女が居た」
「ぶっ!? 何それ? ネタですか? 颯太、嘘つくならもうちょっとマシなのにしなよー」
イヤイヤ……と否定の手を振るスタンプ。
「いや、それが本当なんだよ。俺も信じられなかったけど、R中の女子でさ。えっと、三浦さんと森田さんって言ったかな」
「へー、颯太君? さっきは女子に興味ないとか言ってたくせに、名前とか覚えちゃってるんだ? へぇー……」
ジーッ……と見つめるスタンプ。
「こらこら、なんでそうなるんだよ」
「あはは、ごめんごめん」
「ほら、そろそろやめるぞ。朱美と話してたらいつまでたっても終わらないからな」
「はいはい。分かりましたよー。また他校女子とのイチャイチャ話、聞かせてね」
「ぶっ、何だよそれ。俺は勉強しに行ってるの、べ・ん・き・ょ・う!」
机で勉強中……のスタンプ。
「はーい、分かりました。じゃあまたね」
「はいよ、またな」
朱美は颯太とのやりとりを終え、携帯を伏せてベッドに横たわる。
(颯太、今まではずっと一緒だったのに。私の知らない場所に居る颯太か……まぁ、中三だもんね。別々の所で過ごす事も多くなるよね)
朱美は颯太と幼馴染で小さな頃からずっと一緒に過ごしてきた。隣に居る事が当たり前だった。勿論、学校ではクラスも違えば部活も違い、別々の時間を過ごす事は多々あった。しかし、朱美が全く知らない他校の生徒と一緒になる塾の夏期講習というこの状況は、不思議と朱美に「颯太と自分は別々の時を過ごしている」……という事を強く意識させてしまう。
(はぁ。何だろう、この感じ……)
朱美の口から小さなため息がこぼれる。自分でもよく分からない感情に苛まれる。朱美は暫くの間……ベッドで横になったままぼんやりと天井を仰いだ。