忘却の天使は溺愛に囚われて


 見間違いかもと言っていたけれど、確信に近い言い方だった。
 それに、今日カフェで会った綺麗な女性も、きっと私を“カンナ”だと思っていた。

 朔夜さんだって、初めて会った時に私を見るなり“カンナ”と呼んで……。

「……はあ」

 頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく考えがまとまらない。
 それでも、ひとつだけわかるのは……“カンナ”が私である可能性が高いということだ。

 だとしたらどうして私は“カンナ”の記憶が一切ないの?

「乙葉」

 その声に、ハッと我に返る。
 顔をあげると、待ち合わせ場所にはすでに朔夜さんの姿があった。

「今日は何があったんだ?」
「……っ」

 優しい声で尋ねられ、思わず泣きそうになった。
 今の私、絶対にひどい顔している。

 それを隠すように、私は俯き加減で朔夜さんに近づき、彼の胸元にそっと額をくっつけた。
 無性に朔夜さんに抱きしめて欲しくて……。

 すぐに察してくれた朔夜さんは、私を抱きしめてくれた。

 ああ、朔夜さんの腕の中はすごく安心する。
 やるべきこと、考えることはたくさんあるけれど、今は少し逃げていたい。

「……よしっ、元気出ました! すみません、急に甘えちゃって」

 しばらくして、笑える余裕ができた私は朔夜さんから離れる。
 いつまでも甘えるわけにはいかないのだ。

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