火炎
第5章
第5章

 このようにゆっくりと食事を作るのは久しぶりだった。あたしは思った。今度は大好きだったお菓子でも作ろうか、そうだ、パンプキンパイがいい。
 チャイムが鳴った。
「今日引っ越してきました麻田です。ちょっとダンボール置いてますけど、ごめんなさいね」お隣さんが言った。なんでも、絵描きさんで、住むのは明日からだと言うことだった。今からまた買い物に出かけるので留守だという。贈り物のサランラップを玄関に置きっぱなしになる。
 また突如チャイムがなった。お隣さんかな?すると続けて戸を激しく叩く音がした。覗き穴から覗くと、慧さんが狂った形相でいて、そのまま去った。足音がして、音は遠くなった。あたしの顔は恐怖に凍り、怖くなって窓の外を見た。しばらくすると慧さんが、駆け降りてきて、2階のこの部屋を指で探している。1階、2階、そして1番目、2番目、3番目……そして、1階の塀をよじ登ろうとしている。あたしは窓に鍵をかけて、怖くて、クローゼットに隠れて、泣いた。
 プルルルル。ちょうど雪人さんから電話がかかってくる。
「真子さん?」
「………」
「真子さん、え、なんで泣いてるの?」
「………けて…………」
「はい?」
「たすけて………ストーカーが家まで来てる………」
「わかりました。いま家?」
「うん……」
「焦らないで。待ってて。何かあったらかけて」そうして電話が切れた。
 窓を破る音がする。潜めていた息が跳ね上がる。男が、入ってきた。本当に人間なのだろうか?カーテンが引きちぎれる音がする。テーブルを持ち上げてドスンと落とす大きな音がし、もう一方のクローゼットを開ける音、布団を引き剥がし、マットレスを引き剥がす音がする。そして、ついにあたしがいるクローゼットをあけた。男はナイフを持っていた。
 「見つけた」男はニヤリと笑い、あたしの喉にナイフを突き立てる。
「ねえ………一緒に死ぬ?それか、俺とまた遊ぶ……」
「慧さん……わたしは………あなたのものです………」
「よかった」慧はニッコリと笑う。慧さんがナイフをおろしたのを見て、あたしは自分から、慧さんを抱きしめた。
「あなたと、出会った時、あなたは、いまにも壊れてしまいそうな、目で、私を見ました。私はあなたを、私の慰めで救えると、お相手をしました。でも、すればするはど、あなたはおかしくなっていきました。それでも、いいですよ。一緒に地獄に堕ちましょう」そして慧さんはナイフをからんと落とした。
 「いつもみたいに楽しいことしましょう?邪魔が入らないように鍵をかけてきます。あなたは、ベッドのセッティングしてくれますか?」とあたしは猫撫で声で言った。慧さんは、ニコリと笑い、あたしはドアの方へ行った。
 あたしは玄関の鍵をとり、音のならないように外へ出る。音を立てないように外から鍵をかけ、ダンボールで手早くバリケードを作る。サランラップをできるだけぐるぐる巻きにしてトラップを作る。あたしは駆け出した。他の部屋のチャイムを鳴らしていてももしも出なかった場合捕まってしまう。アパートを出たが誰もいない。あたしは近くの寂れた商店街に駆け込む。

 若い男女に出会い、すみませんと言った。ふたりともあたしを無視した。部屋着にはだし、ぼさぼさの髪、ノーメイクのあたしをみて気が触れた女に見えたのだろう。そのまま去っていく。
「何今のキモいんだけど」と女性が大きな声で言う。男性は女性の肩をしっかりと抱いて
「大丈夫だよ、気にしないで」とあたしに聞こえるように言った。あたしは人が怖くなった。商店街に人は何人かいるが、私が視界に入ると、目を背けていないものとして扱った。あたしを助けてくれる人は全世界に1人もいないように思えた。あたしはその場でへたりこみ、泣き出した。
 「あ!いた、真子さん!」そこに雪人くんが駆けつけてきた。警察も一緒だ。
「大丈夫?」あたしは安心して、わんわんと子供みたいに泣いた。雪人くんは、躊躇いながら両手のひらであたしの肩を抱いた。
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