真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「……はい」


でも、それだけが、怖かった。


「無理を言って悪かった。怖がらせてすまない」


言い訳の終わりをきちんと謝罪で結んでくれたのだから、礼儀として、いいえ、と受けるべきだ。それは分かっている。

でも言いたくなくて、ただ頭を下げる。


メルバーン卿は無礼な態度には触れず、「そろそろ私はお暇しよう」と窓際を離れた。


「ジュディス文官。ひとつだけ教えてくれ」

「なんでしょう」

「きみは、ご夫君を──いや、やめておく。無粋な質問だった」


ヘイゼルの視線が、わたしの左手をたどった。


一緒に追いかけて指先を見て、そのまま指輪を隠すように右手を重ねる。


「……ながく、お引き止めしてしまいました。申し訳ありません」

「いや。長居をして申し訳ない」


そっと、扉を開け放す。


「ジュディス文官。陛下に窓と紙を具申すると、約束する」

「ありがとう存じます。お仕事が順調に進まれますよう、お祈りいたします」


ウィリアム・メルバーン卿。うつくしく、有能な文官。


頭を下げたまま、静かな足音を見送る。


今日も遠くで、猫の鈴のような、侍女たちの黄色い歓声が鳴った。
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