真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「お時間をいただきありがとうございました。では、私はこれで失礼いたします」

「メルバーン卿」


執務室を辞そうとしたメルバーン卿を、女王が引き止める。


「はい。なんでしょう」

「こちらへ」


近づいた長身が膝をつく。


女王が広げた扇子に隠して何事かを耳打ちすると、メルバーン卿のヘイゼルが見開いた。


「どうかしら?」

「……陛下、それは」

「無理にとは言わないわ。よかったら、と思っているの」

「ご配慮ありがとうございます。では、そのように。……失礼いたします」


メルバーン卿が執務室を出ると、女王は穏やかにこちらを向いた。


書簡を認める手は、完全に止まっている。


「ジュディス、わたくしの薔薇。はっきり言わせてちょうだい」

「はい、なんでしょう」

「あなた、メルバーン卿を避けているわね」


ぎくりと顔が固まった。


「その、ようなことは……」

「いいえ。そのようなことがあるのよ」


女王の口調は確信に満ちている。


「他の男性とは、普通に話をするところを見るわ。でも、メルバーン卿とは話をしない。メルバーン卿もあなたに話しかけない」

「それは、その、陛下の御前ですので、私的な話など……」

「あら。他の文官や女官とは、わたくしの前でも少し砕けた話をするときがあるじゃない。もちろん協力できれば仕事に差し支えないけれど、砕けた話が聞こえるのは、わたくしに親しみがある証拠だと、嬉しく思っているのよ」


だめだわ、わたしが陛下に口で勝てるはずないのよ。


うつくしい言葉は選べても、説得力をもって説明することには、慣れていないんだもの。
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