真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
「誤りをそのまま写すことが価値ある場合もございますので、確認を。あなたがこの言葉を──ひいてはこの走り書きを大事にする理由は、書き間違いゆえかもしれませんでしょう」


小さい頃から大事にしていること、随分と年季の入った紙であること。


おそらくメルバーン卿は、この詩の言葉の意味だけでなくて、付随する思い出ごと大事にしているのだと思う。


でも、わたしが贈り物として書き写し、それを贈るとなると、間違いがあるままでは通常よろしくない。


わざわざ依頼の形を取ったのだから、メルバーン卿の私室などに飾るのだと思う。

それでは間違いを堂々と飾ることになって、メルバーン卿の評価を下げる。


部屋の装飾を褒める際にはいわれを聞くもの。


わたしがものの道理の分からぬ物書きであると思われては、わたしの雇い主たる陛下のご威光に傷をつける。

陛下の薔薇たるわたしにとっても、たいへんな瑕疵になる。


そのまま書き写す場合は、注釈を入れるなどして対応させてもらいたいところだわ。


「……きみは、すごいな」


メルバーン卿は、走り書きを差し出したまま固まっている。ヘイゼルの瞳が丸い。


「ありがとう存じます。これは矜持と責任の話です。ですから、たいへんな失礼をどうかお許し願いたく存じますわ」


思い出の詩にケチをつけたも同然なのだから、ほんとうに失礼なことをしている。依頼を取りやめられても仕方がないくらいだわ。


「いや、そうだな。こちらこそ失礼した。間違いを指摘されるとは思わなかったものだから」


それこそが失礼だった、と相打ちにしてくれたメルバーン卿に、微笑む。


「書き物の依頼なのですから、真剣にもなりますわ」

「そうだな。……そうだよなあ」


開かれたままの走り書き、その二行目の綴りを、節の高い指がそっとなぞった。


「これは、私の叔母の字なんだ」
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