真珠の首飾り、あるいは女王の薔薇
メルバーン卿が幼い頃、叔母さまも公爵家に一緒にお住まいだったらしい。


「年齢が離れていたものだから、姉代わりというか、よく可愛がってくださってね」

「あら、まあ」


幼いメルバーン卿は、さぞかし可愛らしく、礼儀正しくて聡明な子どもだっただろう。そんな甥がいたら全力で可愛がるに決まっているわ。


「かの国に嫁ぐことが決まってから、あちらの言葉や文化を覚えようと努力した叔母が、手習いの傍ら、私にもいろいろと教えてくれたんだ」


メルバーン卿はおそろしく高等な教育を受けている。

もちろん公爵家というお家柄もあるのでしょうけれど、多言語に通じているのは、その叔母さまの影響もあるのかもしれないわ。


「別れる前、思い出に何かひとつくださると言うから、こちらをお願いしてね。書き間違ったものなら迷惑にならないだろうか、なんて──恥ずかしがっていたけれども、結局譲ってくれたよ」


そこで書き間違った手習いを望むあたりが、実に控えめで、メルバーン卿がメルバーン卿たる所以である。


「大事な方なのですね」

「ああ。大事な思い出なんだ。だからきみに、これをお願いしたい」


畏まりました、と頭を下げると、間違いは修正してほしいが、とメルバーン卿が少し笑った。


「インクも紙も、きみに任せる。必要なものを必要なだけ言ってくれ。お代は色をつける。期限はひと月。どうだろうか」

「それでお礼になるのでしたら、もちろんお受けいたします」


ありがとう、と何度目か分からないお礼を言われた。


木漏れ日に混じって、伏した目元を縁取るように、ほとりと高い頬に影が落ちる。


窓のそば、見せるために取り出して置いた特注の便箋が、角を揃えられ、紋章を反射しながら淡い明かりに光っていた。
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