赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
「傷付くなあ。その様子じゃ名前も覚えてないかな。天王寺大和だよ」
 夕方、まだ人の多い時間だ。駅ビルに入った音楽教室からそのまま駅に向かっている途中、大和はふいに現れた。
 仕事の帰りなのか、スーツ姿だった。柔和な笑みを浮かべて立つさまは好青年そのものだ。
「連絡もくれないし、ショックだよ」
「その必要がないですし、連絡先を知りません」
「名刺、彼氏に渡しちゃったみたいだもんね」
「婚約者です」
 千枝華は訂正した。
 大和は眩しそうに千枝華を見た。
「親のしがらみの婚約でしょ? なのにそんなに愛されて、将周くんがうらやましいよ」
 前回と少し様子が違っていて、千枝華は戸惑う。
「あれ? 婚約指輪していないの?」
 千枝華は左手をうしろに隠した。
「彼からもらったペンダントをしてますから」
 グリーンサファイヤの一粒石のペンダントだった。
「まさか、まだもらってないなんてこと……」
 こわばる顔を見て、大和は目を見張った。
「もらってないんだね。婚約して何年もたつのに」
「言う必要を感じません」
 大和は苦笑した。どこか悲し気に見えて、千枝華は戸惑った。
「彼のどこが好きなの?」
「全部です。優しいところも、なにもかも」
 大和の意図がわからない。が、この質問には答えておくべきだと思った。
「優しい、ね。そんなの愛がなくてもできることだ。むしろ愛がないから優しくできるのかもしれない」
 予想外の返しに、千枝華は絶句した。
「私は君が心配なんだ。仕事の帰りに毎日の習い事、土日でも将周君に呼び出されたらすぐ出て行くだろう? そんなことを続けていたら体を壊してしまうよ」
「どうして、そんなことを……」
「悪いが、調べさせてもらった。君のことも将周君のことも」
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