俺に夢中になれよ~純情秘書は溺甘副社長の独占欲を拒めない
お店を出て、富山君に言われるまま、しばらく歩くと、
「ねぇ、花純ちゃん」
急に名前で呼ばれ、振り向いた瞬間。
突然、富山君の顔が近づいたかと思うと、キスをされた。

「なっ、何するの!」
「毎週、会って仲も深まったし、俺達、そろそろ進展しようよ。彼氏、欲しいだろ?」
「そんなつもりじゃ・・・ない。それに、いきなりなんて・・・酷い」
「俺はこんなに好きなのに・・・さっき言いかけた話も聞くから、あそこでゆっくり話をしようよ」

富山君の目線の先には、ホテルの看板があった。
「わ、私、帰る!富山君とはただの同期だから」
「もっと、距離が縮まれば、俺を好きになるって」
「ならない!だって、私、好きな人がいるの!」
「もしかして・・・副社長?いつも、副社長の話をする時だけ、顔付きが変わるもんな」

私は・・・富山君とそんな気持ちにはなれない・・・
でも・・・もしこれが副社長なら・・・きっと拒まない。
富山君が入り込む隙間なんて・・・私の心には少しも無い。
涙が零れ落ちた。

その時、
「強志、何してるの?その女、何?」
目の前に現れた女性は、化粧が濃いめで、体にフィットした黒色の服を着た女性だった。
「あっ、いやただの同期で・・・」
「ただの同期を泣かして、ホテルに連れ込むんだ。じゃあ、私とはもういいんだね、さよならっ!」
「あっ、ちょっと待って!」
富山君は、そのまま立ち去った彼女を追いかけて行った。

しばらく呆然と立ち尽くしてたけど、重い足が無意識に動き出した。
何処に向かっているのかも分からず、しばらく歩く。

一瞬触れただけのキス。
でも、ハンカチで何度拭いても、感覚が残っている。

富山君は他に彼女がいるのに、私にあんなことするなんて・・・
もう・・・今までの関係には戻れない。

富山君は、同期として心を許せて、仲良くしている人。
でも、全然嬉しく無かった。
ドキドキしなかった。

思い浮かぶ副社長の優しい笑顔。
副社長は今頃、彼女と・・・もしかして、あのまま皐さんと楽しい時間を過ごしているのかな・・・

私の大好きな笑顔が向けられたその人は、ドキドキしながら、副社長にキスされて、この感覚を・・・

想像するだけで、胸が苦しくて涙が溢れる。
ダブルの悲しみが私を襲う。

週末、楽しそうに行き交う人々の中を、1人だけ取り残されるように、ゆっくりと重い足を前に進めた。
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