『遠慮しないで』と甘く囁かれて ~誠実な御曹司の懐妊溺愛~
(新しい生徒の方かな……大人の男って感じで、凄く素敵)
 秋になると新しく英会話を習い始める人が増える。きっと彼もその一人だろう。すぐ近くにあるコンビニも知らないなら、場所にも慣れていないだろう。女性にしては背の高い佳奈が見上げるほどの長身に、仄かにムスクの匂いをまとっていた。すっと伸びた鼻梁に切れ長の目、意思の強そうな眉をしている。街中で歩いていても、振り返りたくなるような美男子だ。普段は子どもクラスと、中高生向けを担当している佳奈にとって珍しい社会人男性。思わず胸がざわついてしまう。
「これ、突然の雨に降られた時用に置いてある傘です。次回、来られる時に持って来てくだされば大丈夫なので、使ってください」
「助かります、濡れて帰るところでした」
 白い傘の持ち手を差し出すと、佳奈の白い手に節くれだった大きな手が触れた。ほんの一瞬、初めて触れる硬い皮膚の感触に不覚にも佳奈はピクっと身体を揺らしてしまう。
「あっと、失礼」
「いえ……どうぞ、遠慮なく使ってください」
 傘を渡すだけなのに、お互いに瞳を交差して見つめ合う。黒い双眸に見つめられ、佳奈の心はトクリと音を立てた。男性も、佳奈の少し薄めの瞳を瞬きもせずに覗き込むと「あっ」と言って口元に手を当てる。
「もしかすると、先生ですか? トニーからブラウンの髪をした美人講師がいると聞きました」
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