『遠慮しないで』と甘く囁かれて ~誠実な御曹司の懐妊溺愛~
第一章


 彼との出会いは、冷たい雨の降る夜だった。
「しまった、雨だ」
 初めて聞く低い声、誰だろうと佳奈は顔を向けると見慣れない男性が玄関ロビーから外を見ていた。
「もしかして、傘をお忘れですか?」
 仕立ての良さそうなスーツに、鈍く光る時計をはめた背の高い男性は、際立って端正な顔をすこし困らせて外を見ている。秋の入り口に差し掛かり、夜はひやりとする空気が建物の玄関から入り込んでくる。英会話教室の最後のクラスが終わる時間に残っている人は、自分を含めても数人しかいない。
「ええ、いつもはカバンに入れているのですが。すみませんが、この近くにコンビニなどありますか?」
「それでしたら、ちょっとお待ちください」
 佳奈は裏口に行くと傘置き場から一本引き抜き、表玄関に引き返していく。
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