『遠慮しないで』と甘く囁かれて ~誠実な御曹司の懐妊溺愛~
最終章
「佳奈、離乳食はこれでいいかな」
「礼二さん、凄い」
 マンションに帰ると、礼二が真奈のために料理をしていた。今日は午後から休みを取れたらしく、平日にも関わらず昼食時には自宅に帰っている。やわらかめに炊いたごはんに、薄めのコンソメスープ。具も柔らかく煮込んであった。
「佳奈にばかり、任せていたらいけないからね。真奈は僕たちの子どもだろう?」
「そうだけど……うん。ふたりの子だから。ありがとう」
「どういたしまして。薄味にしてみたけどこれでいいか、佳奈も食べてみて」
「うん」
 少しずつ、佳奈の気持ちも柔らかくなっていた。礼二は「あちっ」と言いながら鍋を下ろすと、小さな器に移していく。すっかりお父さんの顔をしている。
 礼二はテーブルの上に離乳食を並べ終えると、リビングでくつろぐ佳奈たちを呼んだ。
「真奈、ほら、ごはんの用意ができたよ」
 床に座っていた真奈を抱っこしようと佳奈が手を伸ばしたところで、真奈は足を踏ん張って立とうとしている。少し手を添えて立たせると、そのまま一歩、二歩と足を踏み出した。
「真奈! 真奈が歩いてる! 礼二さん、見て! 真奈が!」
「あぁ、僕も見たよ」
 三歩ほど歩いたところで力尽きたのか、ぺたんとお尻をついて座ってしまう。それでも、初めて歩く姿を見ることができた。
「真奈! がんばったね!」
 佳奈は嬉しくなって真奈をぎゅうっと抱きしめた。だー、だーとまだはっきりと言葉にならないけれど、真奈も喜んでいるのがわかる。
「僕も、抱きしめていい?」
「礼二さん」
 うん、と頷くと礼二は近づいて、真奈を抱っこしている佳奈を抱きしめた。
「今日は休めて良かった。あぁ、ビデオに撮りたかったな」
「後でもう一回、歩いて貰おうか」
「それもいいね」
 礼二の温もりが心に染みこみ、佳奈は泣きそうになった。こんなにも、礼二は温かい。彼の熱は、佳奈の心の底にとごっていた澱を溶かしてくれた。
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