紅色に染まる頃
「本堂様。生活していくのにひと月15万円は必要だと思いませんか?」
「それはそうだけど。障がいをお持ちの方を正社員で雇って、月給手取り15万も支払っている企業なんて聞いたことなくて」
「そうですか」
「小笠原グループのホームページを見ても、そんなこと書いてなかったと思うけど?」
「はい。特に掲載しておりません」
「それはなぜ?企業のイメージアップにもなるのに」

すると美紅は足を止めて花に目をやる。

「慈善事業、企業のイメージアップ。そんなふうに受け取られることは承知の上です。ですからこちらから特にお知らせはしておりません」

伊織は、ハッとしたように口を閉ざして美紅を見つめる。

「わたくしは、何か努力をして小笠原の家に生まれたのではありません。恵まれた環境で育つことが出来たのは、たまたまなのです。本堂様、道を歩いている時に目の前のおばあさんが転びそうになったら、どうされますか?」
「え?それは…手を伸ばして支えると思うけど」
「どうしてですか?」
「どうしてって、理由なんて。思わずとっさにそうするよ」
「それと同じです。わたくしが特例子会社を立ち上げたのも、特別な理由なんてありません。元気な若者が転びそうなおばあさんに手を差し伸べる、それと同じことです」

きっぱりと言い切る美紅の横顔を見て、伊織はいたたまれない気持ちが込み上げてきた。

(自分はなんて愚かな考え方をしていたんだろう。なんて失礼な発言を…)

恥ずかしさに、今すぐ美紅の前から姿を消したくなる。

「あの、すまない。失礼なことを言って本当に申し訳なかった」

頭を下げると、美紅は微笑んで首を振った。

「いいえ。嬉しいです、わたくしの気持ちをきちんと汲んでくださって。本堂様、わたくしは願いを込めて会社の名前を『四つ葉のクローバー』と名付けました。三つ葉が多いクローバーの中で、四つ葉は幸運の証とされています。人間の世界も、マイノリティが見過ごされることなく、それぞれの個性がその人の幸せに繋がるように、と」

そう言って笑いかける美紅はとても美しく、伊織は込み上げてくる様々な思いに胸が打ち震えるのを感じていた。
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