紅色に染まる頃
「まあまあ、美紅様!ようこそお越しくださいましたわ。さあ、どうぞ中へ」
「お菊さん、こんばんは。お邪魔致します」

玄関で出迎えてくれたお菊に中に招き入れられる。

「美紅さん!来てくださってありがとう。またお会い出来てとても嬉しいわ」
「こちらこそ。お招き頂き、ありがとうございます」

リビングに入ると、伊織の母が笑顔で迎えてくれた。

手土産を渡してソファに座り、紅茶を振る舞われたところで、ガチャッとリビングのドアが開いて父親らしき男性が現れた。

「やあ、これはこれは。初めまして、伊織の父です」
「初めまして。小笠原 美紅と申します。いつも大変お世話になっております」

美紅は立ち上がってお辞儀をする。

「いえいえ。お世話になっているのはこちらの方ですよ。さあ、どうぞお掛けください」
「はい、失礼致します」

美紅と伊織が並んで座り、向かい側に伊織の両親が並んで座る。
すると伊織の母は、我慢出来ないとばかりに満面の笑みを浮かべた。

「まあ、なんて嬉しいのかしら。伊織の隣にこんなに素敵なお嬢さんがいらっしゃるなんて」
「母さん、どういう意味?」
「どうもこうも、そのままよ。並んで座っているだけで、私もうなんだか感慨深くて」

少女のように両手で頬を押さえてうっとりしている。

「美紅さん。いつも伊織がお世話になっているそうね。どうもありがとう」
「いえ、こちらこそ。本堂様には大変お世話になっております」
「まあ!本堂様なんて、そんな他人行儀な。あなた達、そんなふうに呼び合っているの?伊織は美紅さんのことはなんて?」

え?と伊織は固まる。

「えっと、何とも呼んでいないような…」
「は?何よそれ。どういう意味なの?」
「どうって言われても…」

伊織は考えあぐねる。
改めて聞かれると分からない。
いつも会話の中では、君は?や、君って、などと言っていたっけ。

押し黙っていると、母は、
「我が息子ながら、情けないわ。育て方間違えたかしら」と憤慨し始めた。

まあまあ、と父親が割って入る。

「美紅さん、話を聞きましたよ。なんでも本堂リゾートに多大なるご協力を頂いているとか。本当にありがとうございます」
「いいえ。こちらこそお声かけ頂きありがとうございます。微力ながら、わたくしも精一杯努めさせて頂きます」
「お兄さんの紘くんもなかなかのやり手だが、美紅さんも素晴らしい手腕を振るわれるそうですね。本堂リゾートの社長があなたのことをべた褒めしていた」

まあ、そうなの?と、母が横から身を乗り出す。

「美紅さんはそんなに魅力的な女性なのに、伊織ときたらもう」

どうやっても今夜の伊織は株が上がりそうにない。

「美紅さん。あなたのような名家のご令嬢が、我が本堂グループに力を貸してくださるとは、本当にありがたい限りです。お父上にも改めてお礼を伝えさせて頂きます。そして伊織。お前は大きな責任を背負っているのだぞ。本堂だけではない。日本に由緒正しくその名を残されている小笠原様に、決してご迷惑をおかけすることがあってはならない。肝に銘じて全身全霊をかけて取り組みなさい」
「はい、必ず」

父の言葉に伊織は姿勢を正して大きく頷いた。
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