怜悧な御曹司は秘めた激情で政略花嫁に愛を刻む

6・その日のために

「最近、斎賀が仕事熱心過ぎて迷惑なんだけど」
 十月最初の日曜日、貴也は仕事の付き合いのゴルフに出かけているため実家に顔を出していた詩織は、偶然同じタイミングで遊びにきていた悠介の言葉にしらけた視線を向けた。
「仕事に熱心なのは、いいことじゃない」
 悠介の言う仕事とは、もちろんSAIGA精機の業務ではなく、神崎テクノの業務に関してのことだ。
 それならば本来頑張るべきは、貴也ではなく神崎テクノに勤務する悠介である。
 それに先月、山梨に旅行に行った際、朝目覚めるなり貴也に「神崎テクノの業務改善に目処が着いたら結婚しよう」とプロポーズされた身としては、これしか言えない。
「頑張ってください」
 詩織の応援に、悠介は心底嫌そうに口角を下げる。
「一時期の危機的状況は脱したんだから、後はのんびりまったりでいいだろ。俺はぬるく生きていたいんだよ」
 悠介は駄々をこねる子供のような口調で騒ぐと、詩織の母が焼いたパイを食べる。
 パレートの法則の実証例のようなこの従兄は、頑張るときは頑張ってくれるのだけど、基本努力するのが嫌いだ。
 ――悠介さんて、よく考えたら貴也さんと同い年なんだよね。
 どちらも留年したことはないし、大学時代から付き合いということはそういうことで間違いないのだけど、なんとなく目の前でパイにぱくつ悠介を見ていると、その現実がしっくりこない。
 ついで言うと、貴也と同じ大学ということは、勉強もかなりできるはずである。
 なのに二人のこの違いは、二人の性格の違いから来るものなのか、置かれている環境の違いから来るものなのか……
 そんなことをぼんやりと考えていると、悠介と不意に目が合った。
 詩織と目が合った悠介は、その視線を詩織の左手薬指へと移動させてニンマリと笑う。
「なによ」
 思わず右手で左手薬指を隠してしまう。
 そんな詩織の反応を見て、悠介はまたニンマリとする。
「まあ、斎賀の考えがわからんわけじゃないけどな」
 悠介が貴也の意図をどこまで性格に理解しているのかはわからないけど、貴也としては、長期的に将来を見据えるのならば、二人の結婚は神崎テクノの経営を安定させてからの方がいいということだ。
 理由としては、今の神崎テクノにおける貴也の立場は、業務提携を結び、自社の特許技術を使用させる交換条件として、過去のような不祥事が二度と起きないよう神崎テクノの業務改善を求めているということになっている。
 貴也と社長令嬢である詩織が婚約関係にあることから、自然と社長の篤がその陣頭指揮を取れている。
 神崎テクノとしても、今はまだSAIGA精機の機嫌を損ねて手を切られては困るのだ。だから現状、大きく反対する者もいない。
 だけど二人が結婚すれば、事情は変わってくるのだという。
 SAIGA精機の次期社長である貴也が、娘婿として経営に口出しをすると、神崎テクノがSAIGA精機に乗っ取られるのではないかと懸念する者も出てきて、新たな混乱の火種となりかねない。
 詩織の弟である海斗が就職するタイミングで、そういった混乱は避けたいのだと貴也は言う。
 将来的には神崎テクノを継ぐにしても、新入社員として入ってくる海斗には、安定した状況で経営の基礎を学ばせたいのだと貴也は話ていた。
 もともとの貴也の計画としては、海斗が就職するタイミングで、自分から一方的な婚約解消を申し出ることによって、その謝罪の意味も込めて特許技術使用を継続させるつもりだったのだという。
 そうすれが、婚約解消された詩織に恥をかかせることにはなるが、特許技術使用の許可を得た事情が事情なだけに、反対派閥の口出ししにくい状況に追いやれるので安心して手を引くことができと考えてのことだ。
 あの時、子供を泣かしたお詫びにと自分と婚約してくれた貴也は、そこまでのことを覚悟していたのだ。
 その話を聞かされた詩織は、四年前の自分の浅はかさを真剣に反省した。
 そして反省と同時に、そんな彼と結婚できる自分はつくづく幸せだと思う。
「そうだな。来年には海斗も我が社に就職するし、こちらの頑張りどころだな」
 そう口を挟むのは、詩織の父である篤だ。
 これまで本を読みつつ二人のやり取りに耳を傾けていた篤は、本を閉じると詩織へと視線を向ける。
「詩織の幸せの邪魔をするわけにはいかないからな」
 二人の関係が、もともとは神崎テクノの窮地を救うためのかりそめのものであったことを知らないはずだが、貴也と詩織の距離感を見てなにかしらの気付くことがあったのかもしれない。
 最近の篤は、これまでとは異なる雰囲気で二人の背中を押してくれる。
 さすがに自社の社長に言われれば諦めも着くのか、悠介も渋々といった感じで頷く。
 そんなふうに纏まっていく話を締めくくるように詩織の母である牧子が、詩織を見て言う。
「じゃあそろそろ、詩織も仕事を辞める準備をしなさいね」
「はい?」
「結婚、するんでしょ? 貴也さんと?」
「するよ。もちろん」
 なにを言われたのかわからないと、キョトンとする詩織に、牧子もキョトン顔を返す。
 お互い相手がなにを言っているのかわからないと、黙って見つめ合っていると悠介が間に入ってくれた。
「叔母さんは、斎賀と結婚するなら、仕事を辞めて専業主婦になるんだよなって確認しているんだよ」
「え、なんで? 私、仕事辞めないよ」
 母の言わんとするとことはわかったが、貴也と結婚するだけなのに、どうして仕事を辞める必要があるのかがわからない。
 結婚に伴って貴也が転勤するというのであれば、話は変わってくるかもしれないけど、専務である貴也は当然本社勤務である。
 この先もし詩織が妊娠したとしても、育児休暇などを利用すればいいだけだ。
 納得がいかないと話す詩織に、牧子だけでなく篤まで唖然とした顔をしている。そんな二人同様に渋い顔をする悠介が口を開く。
「お前の仕事って、確か、中小企業の営業だよな?」
「そうだよ」
 わざわざ「中小企業」を着けていただきたくないが、KSシステムの規模としてその表現は間違っていない。
「だとしたら、それはさすがに……」
 そこで一度言葉を切り、困ったように頭をかく悠介は、小さく咳払いをしてこう続ける。
「斎賀のためを思うなら、仕事は辞めてやれ」
「え? どうして?」
 どうしてそれが貴也のためなのか、本気で理解出来ない。
 目を丸くする詩織に、牧子が呆れ顔で言う。
「世間体が悪いからに決まっているでしょ」
「え? だって……」
 自分はなにも世間に恥じるような仕事はしていない。
 というか、ちゃんと自立している自分を、褒めてほしいくらいだ。
 それなのに三人とも、聞き分けのない子供を相手にするような眼差しをこちらに向けてくる。
「親の会社を手伝っているとか、自分で企業を立ち上げたとかいうならともかく、お前が普通の会社で普通に働くと、貴也の稼ぎが悪いとか、アイツが十分な生活費を渡さないせいだとか、妙な噂がたって、斎賀の家に恥をかかせることになるんだよ。それにお前の会社とSAIGA精機が仕事の付き合いがあるのだって、斎賀が公私混同してるって思われるだろうし」
「そんな……」
「詩織が就職したときも、ちょうどウチがゴタゴタした時期だったせいもあって、神崎テクノはいよいよ潰れるんじゃないかとか、家内は火の車らしいとか、散々な噂を立てられたんだから」
 呆れたとため息を吐く牧子の言葉に、詩織は反論の言葉を呑み込んだ。
「まあそんな噂が立ったのは、私のふがいなさもあるし、自分の子供のすることだから気にするようなことじゃない。だがこれまで散々助けてもらった斎賀の家に、そんな思いをさせるわけにはいかないだろ」
 牧子に続き、篤までそんなこと言われて顔が熱くなる。
 両親が詩織の就職に反対したことに、そんな理由が含まれていたなんて、少しも考てなかった。
 そしてなんだかんだ小言を言いながらも、両親は自分のためにそんな噂に耐えていてくれたなんて……
 社長令嬢という立場に甘えず自立を目指す自分の生き方こそ正しいと信じていたはずなのに、そうすることで周囲に迷惑を掛けていたなんて考えてもいなかった。
 いざとなれば自分が家族を守るくらいのつもりでいたのに、結局自分は家族に守られ続けていたらしい。
「斎賀はお前に甘いから、自分から仕事を辞めてほしいとは言わない。だからこそ、こっちが察してやらないとな……」
 悠介が優しく諭すような口調で言う。
 普段は頼りない悠介だけど、こういうときは兄のような優しさで詩織に接してくれる。
 一気に萎れる詩織がよほど可愛そうに思えたのか、牧子は結婚して落ち着いたら一緒に旅行でもと誘ってくれる。篤も、カルチャースクールに通ってはどうかとかと言う。
 悠介も、暇を持て余してる自分の母親の買い物にでも付き合ってやってくれと言う。
 誰も詩織を責めてはいない。
 仕事を辞めた詩織が寂しくないようにと、様々な提案までしてくれる。
 働くことは決して悪いことではない。ただ今は神崎テクノの社長令嬢として、SAIGA精機次期社長の妻として、生き方を改めてほしいと言っているだけだ。
 だけど頷こうとすると、仕事を教えてくれた生駒や、席を並べる里実の顔がちらついてしまう。
 KSシステムで過ごした二年間を考えると、簡単には受け入れられない。
「ちょっと考えさせて」
 だからこそ、言いたい言葉を呑み込んで詩織はそう返すことしかできなかった。

  ◇◇◇

 その日の夜、貴也と暮らすマンションで夕食の準備をしていた詩織は、手元に影が掛かるのを感じて顔を上げた。
 見ると、カウンターキッチンの向こう側に、シャワーを終えた貴也が立っていた。
「お腹空きましたか? もう少しだけ待ってください」
 実家で言われたことはとりあえず保留にして、彼のためのに美味しご飯を作ろうと気持ちを切り替えていた詩織が、明るい口調でそう声を掛け、とりあえずの酒の肴でも作ろうかと提案する。
 詩織のその言葉に首を横に振る貴也は、カウンターに備え着けてある椅子に腰を下ろした。
 そうやってうつむき加減になって料理をする詩織の視界に入り込むと、優しい声音で聞く。
「神崎さんのご実家でなにかあった?」
「え?」
 昼間、実家で両親や悠介言われたことについて、貴也にはなにも話していない。両親の方から、貴也になにか言うとも思えない。
 だから彼が何故そんな質問をしてくるのかわからなくて、思わず視線をさまよわせてしまう。
 そんな詩織の表情を見て、貴也は困ったように笑う。
「色々遠回りをした分、詩織のことはよく見てきたつもりだ。だから、神崎のお家でなにかあったくらい、すぐにわかるよ」
「……」
 うまく感情を隠しているつもりだったのに……
 取り繕うのが下手な自分を恨めしく思う反面、詩織の些細な変化を見逃さない貴也の心遣いが嬉しくもある。
「ちゃんと話して」
 憂いしような泣きたいような顔で肩をすくめると、貴也が詩織をそう促す。
 そんな彼にもし、今日のことを報告したら、どう言うだろうか……
 たぶん悠介の言うとおり、優しい貴也のことだから、自分のことなど気にせずに詩織の好きにすればいいと言ってくれるだろう。
 でもそれじゃあ……
 ――四年前となにも変わらない。
 四年前、勢いだけで突っ走しる詩織と婚約をしてくれた貴也は、ちゃんとその後の出口まで準備してくれていた。
 貴也の方から一方的に婚約解消することで、自分が悪者になって、神崎テクノの権利を守る形で詩織を自由にするつもりだったのだと教えてもらったのは、二人が正式な意味で婚約者になった後のことだった。
 それは貴也に、たくさんのことを一人で背負う覚悟があるからこそ、できること。
 そんな彼と対等な関係を築いて、彼を支えられる存在になりたいと思っているなら、いつまでも彼のその優しさに甘えていちゃ駄目だ。
 だからといって、うまく嘘を吐き続けられるほど、詩織は器用にできていない。
「悠介さんに、貴也さんが仕事に熱心すぎるってぼやかれました。あと両親に、結婚のタイミングを色々探られて、なんだか疲れちゃいました」
 嘘ではないけど、本当でもない。
 真実をぼかした詩織の説明に、貴也がそんなことかと目尻に優しい皺を刻む。
「望月は、もう少し頑張らせて大丈夫だろ。ていうか、アイツはやればできるんだから、もっと頑張るべきだ」
 悠介との付き合いが長い貴也は、その証拠として、大学での論文提出なんかも悠介は「自分にはできない」「間に合わない」散々と騒ぐくせに最後にはいつもきっちり仕上げていたと話した。
「それ、もっと子供の頃からそうです」
 従兄なので、悠介とは、詩織の方が貴也より付き合いが長い。
 その古い記憶のどことを掘り返しても、悠介は宿題や家の手伝いを前に弱音を吐くくせに、最後にはきちんと終わらせるのだ。
 詩織がそう言うと、貴也も大きく頷く。
「だからアイツには、容赦なく頑張ってもらうつもりだ」
 そう宣言する貴也は、指先で自分の顎のラインをなぞって続ける。
「結婚のタイミングは、神崎テクノの運営状況を考えるともう少し先がいいとは思うけど、詩織が望んでくれるなら、俺は今すぐにでもしたいと思っているよ」
「え?」
「早く詩織を独占して、安心したいんだよ」
 思いがけない言葉に野菜を切っていた手を止めて彼を見つめると、貴也は軽く顎を持ち上げ、色気溢れる声で囁く。
 貴也のよなパーフェクトな男性が、自分に独占欲を示すという状況は未だに馴れないけど、それでいて詩織の女性としての自尊心を刺激する。
 本音で言えば、詩織だって、早く貴也と結婚して正式な夫婦になってしまいたい。
「えっと……私も早く、貴也さんと結婚したいとは思っています」
 赤面しつつも詩織が素直な思いを口にすると、貴也が表情をほころばせる。
「じゃあ、せめて正式な結納だけでもする? そうすれば、神崎のご両親も少しは安心してくれるんじゃないかな?」
 確かに、そうなれば詩織の両親は安心してくれるだろう。だけどそうなれば、また詩織に退職をせかしてくるのも目に見えている。
「……結納も、もう少し先でもいいですか?」
 せっかくの貴也の申し出に、あれこれ考えて、つい尻込みしてしまう。
 それでも貴也に嫌われたくない詩織は、急いで言葉を足す。
「ほら今、貴也さんの会社と、ウチの会社で商談がまとまって、システム運用の準備をしている最中から、せめてそれが落ち着いてからの方がいいと思うんです」
 九月、貴也が詩織に話して聞かせたとおり、SAIGA精機から正式な受注を受け、技術部が希望のニーズに沿ったプログラムを組んでいる最中だ。
 そんななか来週末から生駒が育休に入るので、交渉の窓口を詩織が引き継ぐことになっている。
「確かに、さすがにこのタイミングじゃなか」
 詩織に言われて思い出したといったかんじで、貴也が少し残念そうに同意する。
 そして自分の提案を「焦りすぎてるな」と笑い飛ばして立ち上がる。
「やっぱり、呑んで待つとするかな」
 カウンターを回り込む貴也に、詩織が思わず確認する。
「あの、怒りました?」
 せっかく貴也が結婚や結納の申し出をしてくれているのに、自分はそれを素直に喜べないでいる。
 彼を大好きなのに、仕事を辞めたくないという思いが邪魔をしてしまう。
 両家の両親も、二人の結婚を待ち望んでくれていているのに……
 ――わたし、すごくワガママだよね……
 貴也のような人に愛されて、プロポーズまでされるだけでも奇跡みたいな話なのに、その上、まだ望むものがあるなんて。
 反省して肩を落とすしていると、冷蔵庫から取り出したビールを片手に歩み寄った貴也が詩織を背中から抱きしめる。
「俺が、どれだけ気長に詩織に片思いしていたと思っているんだ? あと少しくらい、待てるに決まっているよ」
 詩織の耳元に顔をよせ、甘い声で言う。
 そして詩織の腰に回す腕に力を込めて「ご飯は、だんだん待てなくなってきているけど」と最後は冗談にして、グラスを手にカウンターへと戻っていく。

  ◇◇◇

 翌日の月曜日、仲良しで同僚の里実と昼食を取る詩織は、何気ない感じを装って質問を投げかける。
「里実ちゃんて、もし結婚したら仕事はどうするか決めてる?」
 天気がよく心地よい秋風が吹いているので、今日は、会社近く公園で取ることにした。
 公園に来る途中にあるパン屋で買ったメロンパンにかぶりつく里実は、詩織の質問に、大きく目を見開く。
「えっなに? 詩織ちゃん、もう結婚するの?」
 一緒に買ったお茶で無理矢理ほうばっていたパンを流し込んだ里実が、前のめりに聞いてくる。
 三人掛けのベンチの両端に座り、間に互いの荷物を置く形で食事をしていた詩織は、里実の勢いに驚き、背中を反らせつつ応えた。
 だけどどんぐりを連想させる大きな瞳を爛々と輝かせる里実は、詩織が身を引いた分、身を乗り出して距離を詰めてくる。
 彼女には最近、長年片思いだと思っていた人と実は両思いだったことだけは話してある。
 貴也の素性や、自分の家柄などに関しては、恥ずかしいので引き続き秘密のままだ。
「結婚はまだまだ先だけど、もしそうなった時、里実ちゃんならどうするかなと思って」
「そういうのわかる。好きな人ができると、あれこれ想像して、シミュレーションしちゃうよね。私なんか、結婚したら……どころか、子供の名前まで考える時があるもん」
 好きな人ができた段階でそこまで想像するのは、さすがに早すぎるきもするけど、姿勢を戻した里実は、うっとりとした表情で続ける。
「私なら、旦那様になる人の状況に合わせるかな」
「……?」
「経済的な事情で働かなきゃいけないなら働くし、私も働くことで、お互いの生活リズムがすれ違っちゃうなら、仕事を辞めるか転職すると思う。せっかく好きな人と結婚するなら、好きな人と仲良く暮らすことを一番に考えたいじゃない。仕事は、条件に合ったものを探すこともできるけど、旦那さんになる人は、一人しかいないんだから」
「確かにそうかも」
 里実の意見は、これまで詩織にはない考え方だ。
「結婚は、一人でじゃできないんだから、とりあえず相手と話し合うことが一番じゃないかな?」
 そんなことを話す里実の前髪を、心地よい秋風が揺らす。
 自分が抱える問題を解決するヒントを、里実にもらった気がする。
「ありがとう。里実ちゃんの言うとおりかも」
 週末にでも、貴也と少し話し合った方がいいかもしれない。
「いいなぁ。私も運命の人と出会いたい。出会ったら、絶対『ビビビッ』てわかるのに」
 ベンチに座る里実は、子供みたいに足をバタバタさせて唸る。
 運命の王子様に出会ったら一瞬でわかると話し、日々人脈を広げている里実ではあるが、まだその相手に出会えていないらしい。
 ――心から愛せる人に出会えた。それだけで十分幸せなこよだよね。
 「私の王子様はどこかな〜」とふざけながらパンを食べる里実と食事をしていると、昨日から抱えていた消化不良の思いが少し軽くなるのを感じた。
「ありがとう。里実ちゃんに話してよかった」
 詩織は里実にお礼を言って、食事を再開させた。
「お礼は、私の王子様を見付けて来てくれればいいよ」
 リラックスした詩織の表情を見て嬉しそうに笑う里実が、そう催促してくるけど、さすがにそれは難しい。
 詩織は「見付けたら教えるね」と、お茶を濁しておいた。
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