ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
「笑顔になった、俺の勝ちだ」
「勝ち負けの話だったっけ」
 くく、とまた漣は笑った。いつもの嘲笑ではなく、楽しそうだった。
「つけてやろう」
 桜空はすぐに今のピアスをはずした。
 漣の指が桜空の耳に触れる。
 桜空の頬が紅潮した。
「すぐに赤くなる」
「意地悪」
 桜空はうつむいた。せっかくのオーケストラが聞こえないくらい心臓の音が大きくなった。
「最初はあなたのこと、すごい怖かった」
「ナイフをつきつけた人に言われてもな」
 漣は苦笑した。
「本当に私と結婚するの? 後悔しない?」
「しないな。お前にも後悔はさせない」
 どうしていつもこんなに自信満々なんだろう。
 顔を上げると、間近に彼の顔があった。
「八菱の嫡男である俺の使命は日本国民を幸福にすることだ。お前一人幸せにできないでどうする」
 背の高い彼は見えているものが違うかも、と思ったことがあった。
 だが、それ以上に考えていることのスケールが違った。ぽかん、と彼の顔を見つめる。
「目を閉じてみろ。音がもっとよく聞こえるぞ」
 言われるまま、目を閉じた。
 楽器の輝きは見えなくなってしまったが、爽やかな空気に音が軽やかだ。なのにどこか深い響きもあって清冽(せいれつ)でもある。
「素敵」
「お前は本当に単純だな」
 くくっという笑い声に目を開くと、漣の唇が重なった。
 桜空はまた目を閉じる。
 残像のような青空が瞼の裏に広がった。
 透明なユニゾンが震えるように響き、のびやかに甘く耳をくすぐる。
 心にまで沁み渡るようで、桜空はただ彼と音に身をゆだねた。
 

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