ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
 白い手袋をつけた運転手が後部座席のドアを開け、漣は迷いなく中に乗る。
 桜空が困っていると、和志が乗るようにと促した。
 彼女が乗るとドアが閉められた。
 革張りのソファに重厚なマホガニーのカウンター。とても車の中には見えなかった。
 車内では漣は無言だった。
 仕方なくスマホを見た。八菱家の嫡男が誘拐されたニュースはどこにもなかった。
 車が到着したのは老舗デパートの前だった。
 戸惑いながら漣とともに入口に向かう。和志は一歩下がってついてくる。
 一般人の入口とは違っていた。係員が待ち構え、漣が近付くとさっとドアを開ける。
「いらっしゃいませ!」
 両サイドに並んだ店員たちが一斉に声を上げた。
 桜空は思わず立ち止まる。が、漣はかまわず歩くので慌ててまた歩き出す。
 先導する店員に加え、数人がぞろぞろとついてきた。
 すっと自然な流れで一人の男性店員が合流した。
「ようこそ起こしくださいました。お連れ様の服をご所望と伺っております」
「このままではみすぼらしいからな」
 桜空はびくびくしながら漣についていく。行った先の婦人服売り場では女性店員がいて、桜空を見てすぐに服を選びにかかる。
「サロンでお待ちになりますか」
「そうしよう。行くぞ」
 デパートの入ったことのない通路に入り、入ったことのない部屋につれていかれた。
 テレビで見たホテルのスートルームに似ていた。落ち着いたベージュの絨毯に革張りのソファ、フリンジのついたビロードのクッション。ガラスの楕円のテーブルの足は優雅な曲線を描いている。大きな花瓶には白いカサブランカが飾られ、ルームフレグランスの控えめな良い香りが漂っていた。
 漣は迷いなくソファに座る。
「おかけください」
 和志に言われ、桜空はそーっと漣の隣に座った。和志は立ったままだ。
 漣は無関心にタブレットを見ている。
 お茶のワゴンが運ばれて来た。
 美しい白磁のティーセットに、三段の皿に乗ったお菓子とサンドイッチ。
 ぐう、とまた桜空のおなかが鳴った。
 女性がテーブルにそれらを並べて立ち去る。
「さっさと食べろ」
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