絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
『よかった、電話に出て。今どこにいる?』
玲良の声と態度から、絢子はすぐに『彼が事情を知っている』ことを察する。
絢子は一応まだ大学生だが、今はもう授業もないし特にアルバイトをしているわけでもない。二十一時というこの時間なら在宅していて電話をかければすぐに出るのが『絢子の普通』なのだ。にも変わらず、電話に出てよかったと言い、今どこにいるのかと訊ねてくる。
たった一言から読み取れる〝獅子堂の情報網〟に、絢子はただただ驚くばかりだ。
「玲良さん……私、玲良さんとの婚約は解消することになると思います」
たくさん声を聞きたいし、いっぱい話したい気持ちもある。だが玲良が事情を知っているのなら話は早い。説明が不要なぶん用件は手短に済ませられると思うと寂しさを感じる絢子だが、切なさが増す前に感謝と謝罪を伝えてしまおうと心を切り替える。
「ですから、その……今まで、本当にありがとうござ……」
「絢子」
「っ……! えっ!?」
「勝手に終わらせようとするな」
玲良の声はスピーカーから聞こえるはずだった。
今ここで感謝と謝罪を伝えて別れの言葉を告げたら、もう二度と会えないどころか、連絡も取らないはずだった。
だが玲良の艶声はスマートフォンをあてている左耳ではなく、右耳のすぐ後ろから――耳朶に吐息がかかるほど近くから、直接耳の中へ注ぎこまれた。