絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 なんと絢子の状況を玲良に伝えたのは匠一ではなく、桜城家に仕える使用人だという。おそらく小夜か、先ほどの状況を直接見ていた他の使用人の誰かだと思うが、まさか自分たちが直接手を差し伸べることができないからといって獅子堂家を頼るなんて。

「使用人から母さん、母さんから俺に取り次いでいたら、迎えに行くのが遅くなった。悪かったな、寒空の中で一人にして」
「いいえ……玲良さんが謝る必要なんて……!」

 玲良の謝罪の台詞を聞き、大慌てて手と首を振る。本来なら使用人が主の指示なく他家に連絡を入れてこちらの事情に巻き込むなど、絶対に許されない行為だ。しかし使用人の判断を嬉しく思う気持ちと、桜城の事情に玲良を巻き込んでしまった申し訳なさが入り乱れると、それ以上の言葉は紡げなくなる。ついしゅんと俯いてしまう。

「なにがあったのかも、ご存知なんですね?」
「そうだな、大体は」

 一応言葉を濁してくれた玲良だが、実際は完璧に状況を把握しているのだろう。絢子と二人きりで会うのは年に一回、その他は年に数回顔を合わせる程度だが、そのほんのわずかな時間だけでも彼の有能ぶりは感じとれる。

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