絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 おそろしく頭が切れる玲良は、目的のために淡々と情報を集め、理論的な指示を出し、物事を迅速に処理する方略を好む。そんな彼が状況を把握してから絢子を迎えにくるまでの間、リムジンの後部座席でただぼーっと座っているはずがない。きっと今回の事態も完全に把握しているのだろう。

「そもそもそのDNA鑑定結果が本物かどうかも怪しいが……」

 玲良がぼそりと呟いた言葉にぴく、と身体が反応する。

 それについては絢子も同感だ。急に紙切れ一枚で親子関係を否定されてもすぐには信じられないし、そもそも絢子が望んで実施したわけでもないDNA鑑定に法的根拠があるとは思えない。

 だが匠一にも思うところがあったのだろう。だから燈子の示したたった一枚の鑑定結果をすぐさま受け入れ、直前まで実の娘だと思っていた相手に暴力を振るうことを躊躇しなかった。その素早い判断と狂気に気がついた瞬間、絢子の中でもあの紙切れの内容が『揺るぎない真実』になった。

 絢子と匠一の間には、最初から親子の絆など存在しなかったのだ。

「でもまあ、確かに桜城氏と絢子はまったく似てないな」

 絢子の内心を悟ったのか、玲良がため息混じりにそう零す。もしここで玲良に『俺は二人は本当の親子だと思う』と肯定されると、むしろ絢子の苦しみは増したことだろう。だからあっさり否定してくれるその言葉のほうが、今の絢子にとっては何倍も居心地が良かった。

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