婚約破棄直後の悪役令嬢と入れ替わってしまったヒロインの話
 自分の両親だけが気がかりではあるけど、落ち着いたら一度会いに行けばいい。きっと話せば、リアだと気づいてもらえるはずだ。

「落ち着いてきたみたいだね」
「ありがとう、ラーシュ。さっきまで本当に絶望していたのよ」
「僕はフレイヤ――見た目はリア――ってややこしいな。とにかく彼女の様子も確認してみるよ」

 本当にフレイヤ様の弟がラーシュで良かった! 頼りになりすぎる!

「フレイヤ、入ってもいいかしら。貴方の好きなお菓子を買ってきたのよ」

 ノックの音と女性の声が聞こえる。この声は多分フレイヤ母だ。
「しまった」とラーシュの口から言葉が漏れたと同時に、何度か顔を合わせた中年女性が入ってきた。
 優しい笑みを浮かべた夫人は、私たちに目を向けると表情をガラリと変えて

「ここで何やっているの!」とヒステリックに叫んだ。

 ……え? なに? もしかして私の見た目がリアに戻った? と思ったけど、夫人はラーシュに鋭い視線と言葉を投げているようみたいだ。

「学園の話を伝えていただけですよ」
 ラーシュは落ち着いた口調で言うと、ベッドから立ち上がる。

「出ていきなさい! フレイヤと二人きりになるなと言っているでしょう、穢らわしい!」

 夫人の豹変ぶりに、開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 ラーシュは私にだけ見えるように「ごめん」と口を動かすと「失礼しました」と部屋から出ていってしまった。

「貴女の好きなお店のレモンパイを買ってきたのよ」
 夫人は今の出来事がなかったかのように柔らかい雰囲気に戻り、少女のようにじゃーん! と紙袋を見せて微笑んだ。

 うまく反応できずにいると「記憶があやふやなのよね。レモンパイのことも覚えていないかしら? そうだ! きっと食べたら思い出すわ。お茶を入れさせるわね」

 得体のしれない夫人とのティータイムなんて恐怖しかないけれど断って叱られるのも怖い。私は仕方なくお茶に付き合うことにした。まだしゃっきりしない頭と身体のなか、レモンパイのザクザクした食感はやけに気持ち悪く感じる。

 ああ、もう早く王都から追放してほしいわ!
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