私の一等星
塾の帰り道、銀杏の香りが酷く、私は二重でマスクをしていた。
その日も奈々ちゃんと絵麻ちゃんが横に並び、私が一人寂しくその後ろを歩く。最初は3人で横並びで歩いていたが、前からくる歩行者や車を気遣い、いつの間にかこうなっていた。会話に入るタイミングも分からず、いちいち移動するのも面倒で、このポジションに落ち着いてしまった。そのせいか、2人の会話をはっきりと聞き取れない。なんとなく恥ずかしさを感じた。私は足音を殺して気配を空気と化していた。
「そういえば絵麻はどこの高校行くの?」奈々ちゃんがふと聞いた。「これは聴き逃がせない」と、絵麻ちゃんと少し距離をつめ聞き耳を立てる。
「私?そうだなぁ〜。……私は一番仲のいい子と同じ高校に通えたらいいかなぁ〜。」
絵麻ちゃんはそう言ってちらりと私を見やった。奈々ちゃんも私を振り返る。生憎、匂いはよく分からなかったけれど、その目は少し冷たげで、彼女が私に嫉妬していることにはすぐに気がついた。
他人から見て私は絵麻ちゃんの一番の友達。絵麻ちゃんも、私さえ居ればいいと思ってくれている。こんな幸せなことがあるのだろうか。はじめて誰かの一番になれた。奈々ちゃんがいるのでニヤける頬を嗜める。今笑ったら嫌味なやつと思われてしまう。しかし興奮は抑えきれず
「私は空星に行くんだ〜」
思わず言葉が溢れ、絵麻ちゃんは少し目を見開いた。
「……そうなんだ」
あのときは浮かれていて気が付かなかったけれど、今となればよく分かる。「一番仲のいい子」という言葉と共に向けた目線は、一番は私だということも示していたのではなく、一番じゃない私とは一緒に行かないことを伝えたかったのだ。
「そうなんだ」の前の沈黙もきっとそう。私にその意図が伝わらずに困っていたのだろう。この名簿に名前がないことがかくなる証拠。彼女は私と同じくらいの学力だったし、本番にも運にも強い人だ。意図してこの学校を選ばなかったに違いない。彼女が純粋に落ちてしまった可能性も、ないことはないけど……。
華やかで夢の溢れた私の描く未来ー高校生活は色褪せ、幻想となる。
ふと、酷い『悪臭』を感じ、マスクの上から鼻をつまんだ。一度気になると、さらに匂いは酷くなる。
私はクラス表に密集する人々を押しのけながら、ひとけのない廊下に向かった。しばらくして私はためていた息を吐くと、ゼーハーゼーハーと肩で呼吸をする。たまらずマスクを口元まで下げる。なんだかどっと疲れた。制服が汚れることも気にせずに床にへたり込んだ。呼吸が落ち着いてきた頃、自分の教室に向かう生徒たちがちらほらと現れ、私の前を通る。変な人を見るような眼差しとチクチクと鼻をさす嫌な匂いに顔をしかめつつ、私はのそりと立ち上がる。マスクも鼻まで上げる。周りの一年生が向かっている先を参考に、自分の教室に向かって歩き出した。
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