契約結婚から始まる本気の恋

始まり

「ねえ、この服貸してよ」
「その服は気に入っているから無理だよ」
「一生のお願い!」

(ああ、買ったばかりの服なのに。また先に千早に着られる事になってしまう)

 連絡もなしに突然やってきた幼馴染。ウンザリしている表情をしているのに、千早は違う服を物色している。髪の毛やネイルをしてお金がないと文句を言いながら勝手にクローゼットや靴入れを物色される。ついこの前。推しと同じ髪色にしたばかりだと聞いたばかりだ。
 借りていった服や靴と入れ替えて持っていく。千早に触れられた服は自分の物に感じなくなり、着る機会が失われていく。目ぼしいものを見つけて持って帰ると私はため息をついた。

 私、明智美和は桜井千早の幼馴染だ。面白みのない性格。顔なんて地味で、髪の毛を染めたこともない。彼氏もいた事がなければモテたこともない。

 千早は昔から特別だった。誰ともですぐに仲良くなり幼馴染の中でオシャレで可愛くて、多少我儘でも周りにいる人たちは許してくれる。中学生の時に虐めが酷く、いつ誰が苛められるか分からなかった。カースト上位にいた彼女は、地味な私にも優しくしてくれた。

「私達親友だよね。美和が一番話しやすいし好きだよ」
「……うん、そうだね」

 この時の私は何故か返事に戸惑ってしまった。親友だって言えばいいのに、どうやって答えるのが千早を怒らせないか考えていた。私達は見た目も性格も正反対で仲良くしていると不思議そうな顔をされるのに。どうして一緒にいるのだろう。

 もうすぐ高校の卒業式。千早に「一緒に行こう」と受けたのに、物を借りる時しか連絡が来なかった。こんな関係いつまで続くのだろうか。

 高校の卒業式を迎えた日。晴天で雲一つないいい天気だった。校長先生の長い話を聞き、クラスメイトが集まり連絡先の交換をしていた。私はそれを離れた場所から眺めていた。千早がこちらに来るとこのあとカラオケで集まる事を聞いた。千早は呼ばれて離れると、大学進学する人たちが集まっていた。

「大学受験合格おめでとう」
「ありがとう」

 数少ない友達は大学受験を考えていた時に背中を押してくれた人たちだ。

「ところでさ、まだ千早の奴隷を続けるの?」
「えっ」

 小さな声で驚くと言葉を続けられた。

「カラオケ行かない方がいいよ。飲酒の写真撮って大学に通報されるから」
「黙って大学に行ったこと後悔させるって聞いてたんだ。おかしいと思ってたんだ。だって明智さん、大学に行くって最初から言っていたじゃない?だから絶対に真っ直ぐ帰った方がいいよ。私達も被害に会いたくないから、後日会うつもりなんだ」

(千早、そんな事を考えていたんだ。大学に行くことはずっと前から話していたのに)

 この後、千早にカラオケに来ないか誘われたけれど参加しなかった。

 大学に通うようになると千早からの連絡がしつこくなった。断ると電話を掛けてくるため長話に付き合う事になる。自分の事がおざなりになり、次第に私は病んでいった。














「西園寺様って、あの」

西園寺冷時(さいおんじれいじ)です。冷時と呼んでください」








「私、変わりたいんです。いつも都合のいいように使われて、自分に自信が持てなくて。強く言われると聞いてしまう。こんな自分が嫌で、自分らしく生きたいんです」

 冷時さんが抱き寄せると私達は唇を重ねた。初めてのキスは柔らかく、心臓が飛び出そうなくらい緊張した。

「美和さんは相手の事を気を気にするくらい優しい人ですね。その優しさを今度は自分に向けてください」

 初めて人から言われた心遣いのある言葉だった。いつも注意や指摘ばかりされてきたから胸に染みる。

「好きです、冷時さん、好き、好きです」

「俺もあなたが好きですよ。あなた以外と子供を作る気がしない」

 ギュッと抱きしめると奥の方でドクドク脈打ちゴム越しに白濁が吐き出される。夜が明けるまで冷時さんと私は抱き合った。



 お互いの両親と挨拶をし、アパートの立ち合いに向かった。忘れ物がないか確認している時にドアが開いた。

「早期退去の理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「結婚を決めまして」

「結婚ですか。おめでとうございます」

 人から素直におめでとうと言われ心が温かくなった。



「ねえ、あの子売春をしていたのよ」

「一方的に嘘をつくことはやめられないみたいだね。良かったよ君があの頃のままで」

 面白半分で痴漢冤罪をした千早のグループは一つの家庭を崩壊させていた。失うものが何もない男だが、それでもまだ人として情があった。

「千早、長期の旅行に行くんだって」

「あの子、借金があって身体売りに行くって聞いていたけれど」

「あいつなら有り得るかも。人のモノ仮パクしていたからね」
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