がらんどう

酔った勢い

「好きなもの選んでください」

居酒屋に着くと開口一発そう言われて、引き攣った笑みが出た。
遠慮がないというかなんというか。ここの支払いをするのは上司で年上の私だし、先程とは随分と態度が変わっている気がした。

「あ、ありがとう」

「俺が運転手だからって気をつかわないで、お酒も飲んでいいですから」

にっこりと笑う茂木に私は戸惑う。

意外と誰かに奢ってもらうのに慣れているのかもしれない。なんというか、会社では影が薄いけれど人の懐に入るのがさりげない。とっつきにくい分類の私を誘うことが出来るのだからそんな気がした。

しかし、気にしないでとは、いうけど、その支払いをするのは、私ですけど……。

財布の中身を心配しつつ。
なんだか、茂木は昼過ぎに会った時よりも、親しげというよりも、馴れ馴れしくなったような気がする。年上の友人と話すような気軽さだ。
辛うじて敬語の形をとっているので、あまり気にしない方がいいのかもしれない。

そもそも、仕事をしているわけじゃない。プライベートの時間なら、タメ口を叩かれても問題はない。

「どれ、飲みます?」

茂木は本当にお酒のメニュー表を私に差し出してきた。
甘いカクテルを飲みたいけれど、流石に『年なのに可愛い子ぶりやがって』と、思われるのも嫌なので無難な物を選ぶ事にした。
ここで、ビールを飲むのが正解なのはわかっているけれど、生憎私にはそれが飲めない。

「じゃあ、梅酒を……」

茂木は、「ビールは飲まないんですか?」とは、聞いては来なかった。それが、馬鹿にしているわけでも、変に気を遣っているわけでもなさそうに思えて、少しだけ気が楽になった。

何も気にしないで物を飲み食いしよう。どうせ、私のお金を使うのだから。
お酒がそれなりに入ると、気分が良くなっていった。
そこに……。

「拓実さんって彼氏いるんですか?」

「ゴッ……!」

あまりの唐突な質問に、口に含んだ梅酒を変に飲み込む。
なぜ、今このタイミングでこんな事を聞くのだろう。興味のない世間話なのか、深い意味などない質問のように思える。
そもそも、茂木は私の恋愛話をなぜ聞きたいと思ったのだろう。

「ゴホッ!ゴホッ」

咳はしばらく止まらず、茂木が慌てたように私の背中をさすりだす。

「だ、大丈夫ですか?」

「不意打ちすぎたから驚いて、ごめんなさい」

「そんなに驚く事?ただ、気になっただけですよ。食事誘ってしまったし」

つまりそういう事か、深く考えずに誘ってしまったけれど私に相手がいたら申し訳ない。と、思ったのか。
いない。と、思わないところが彼の良いところなのかもしれない。

「今、もし、いたら研修なんて受けないわよ」

「最近まではいたって事ですか?」

ただ、茂木は本当に興味があったらしく、私に過去に恋人がいた事に食いついてきた。

「まあ、そうなるわね」

「こっちで誰か作ろうとかは?」

深い意味のない質問なのか、ここで先のない恋をするつもりは私にはなかった。
それに、この年になって恋をするのはキツい。遊びと割り切るにしても、年を取りすぎている。
本気になるのは怖いし、あんな思いは繰り返したくない。

「こんな年増のおばさんなんて、相手にされないわよ」

「年増って、そんなに変わらないじゃないですか」

私の苦笑い混じりの言葉に茂木は、優しさからかフォローをしてくれる。
自虐し過ぎたかも、気をつかうべきは私のはずなのに、彼にさせてしまった。
申し訳なさに、べつの言い訳を考える。

「だって、ここで誰か作ったら先がないじゃない。私は元の場所に戻るわけだし、遠距離は辛いから。考えられないかな」

「その辺、大丈夫だったら恋人作るの?」

「恋はするつもりないかな、年の近い人は相手がいるし、若い子は無理。それに、自然消滅に怯えるのは嫌なの」

言ってから、椙山との事を思い出す。異動になっても一度も連絡はなかったし、私も向こうも終わったことになっていて、付き合っていた事実は無くなっている。
恋が終わる事は仕方ない。けれど、それすらなかったことにされるのは堪える。自分という存在すら否定されたような気がして。
だから、恋をするのが怖い。

「ふーん。ねえ、俺と遊びに行ったりしませんか?」

私の話をちゃんと聞いていなかったのか、茂木は意味不明な申し出をしてきた。

「なんでよ?」

「なんでだろう?楽しそうだから?拓実さんとなら楽しく過ごせそうだから」

今日の、半日の間に彼の中で私の部屋が実家のような居心地の良さを感じたのだろうか。
もし、そうだったとしても私が彼と一緒にいたとして、茂木の時間を無駄遣いさせることはあっても、有意義なものにしてあげられる事はできそうにない。

「私といても時間の無駄よ」

「それは、俺が決めることだと思うんだけど」

ぐらりぐらりと眩暈がした。酔いが案外早く回ってきたようだ。
茂木の手が私の手に重なったけれど、それを振り解くことができなかった。

「……いい?」

何を話しているのか私にはわからないけれど、これからも会いましょう。と、話しているのだろう。
私はこくりと頷いた。

頷いてから私は、意外と自分が思う以上に寂しさを感じていたことに気がついた。
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