モブ令嬢へのジョブチェンジは失敗しました

ケツ洗って待ってる

8
「ランスロット様ぁ」

 アニーは、甘い声で僕の名前を呼び腕に抱きついてきた。
 下品な胸の感触に僕の全身の毛が逆立つ。

「触るなクソ女!」

 僕は、慌ててアニーから腕を振り解いた。
 アニーは傷ついた様子もなくニンマリと笑ってみせる。
 僕はそれに違和感を覚えた。
 いつもなら、うっすらと涙ぐんで同情心に訴えかけようとしてくるのに今日は違うから。

「ねぇ、知ってる?貴方の幼馴染、婚約したそうよ」

 アニーが何を言っているのか、僕には理解ができなかった。
 イザベラが愛する僕を捨てて婚約などするはずがない!
 だって、僕たちは愛し合ってるだろう?現実でも夢の中でも愛し合っているのに。そんな事ありえない。

「ねぇ、貴方一生童貞よ。私が卒業させてあげようか?」

 その瞬間、鼻腔の中に甘ったるい匂いが広がる。

「……ぅつ!」

 なんなんだ。この匂い……。
 途端に、身体が熱を持ち始めた。
 特に酷いのが、身体の中心部分だ。人前だというのに自身を慰めたい衝動に耐える。

「ねぇ、私としましょう?」

 アニーが蠱惑的に見えるように微笑む。

 いけない。いけない。絶対に許されない事だ……!

 僕は必死に衝動を抑えようとする。しかし、理性ではどうしても耐えきれない事だってある。

『魔王討伐が終わった時の楽しみにしておこう?』

 イザベラがこてりと首を傾けて僕にそうおねだりした。
 だから、理性的で良識のある僕は彼女のために、ずっと我慢しているのだ。初体験は望む通りに幸せなものじゃないきゃいけないんだ。愛するイザベラのために。
 可愛いイザベラのお願いは絶対に叶えないといけない。
 初体験は誰にとっても特別なものだから。ロマンチックにかつ淫らにしたいのだ。
 それよりも。何よりも、イザベラの身体の開発がまだ終わっていない。

「ねぇ、私と一緒に気持ちよくなりましょう?」

 アニーの誘惑の声が僕の脳を揺さぶり、正常な思考を奪っていく。
 ダメだ。僕はまだイザベラと繋がってはいけない。

 彼女がどれほど僕のことを愛していても、最低限のマナーを守れなければ嫌われてしまう。

『約束の守れないランスロットなんか大嫌い!』

 イザベラが泣きじゃくる姿が頭に浮かぶ。

 我慢だ。
 
 僕は必死に自分に言い聞かせる。しかし、ふとイザベラのドロワーズのニホイを嗅ぎ、狂ったように自慰をした時の事を思い出してしまう。
 あれほど、虚しくて悲しいことはなかった。

 僕の精子は、イザベラの子宮に注ぎ込むために存在しているのだ……!
 それなのに、僕は毎夜それを捨てているなんて。

 それが、どれほど悲しいことかわかるだろうか……?

「あんな幼馴染なんかじゃなくて私としましょう?」

 アニーが微笑むが少しも心が動かない。
 少し離れた所に、極上の肉があるのに、目の前の腐りかけで毒入りの肉など誰が食べようと思うのか。
 
「誰がお前なんかとするか!」

 僕は叫び声を上げると、アニーを勢いよく押した。

「お前とするくらいなら、ゴブリンかオークのケツの穴に突っ込んだ方が遥かにマシだ!」
 
 そう吐き捨てると僕は走り出した。

 もう、ダメだ我慢できない。このままイザベラの処女を奪い去りたい。

 媚薬のせいで変に頭が冴え渡っている。
 
 今なら宇宙の理すら理解出来てしまいそうだ。
 
 ……気がついてしまったのだ。僕の精子はイザベラの子宮に注ぎ込むために存在している事に。

 僕はイザベラのために存在しているのだ。
 
 もし、生ディルドが欲しいとイザベラが望むなら、僕は陰茎を切り落として捧げてもいい。

 ……僕は愛の真理に辿り着いたような気がする。

「イザベラとしよう……」

 僕はそう心に決めた。

 大丈夫。イザベラに痛みなんて与えない。
 
 なぜなら、僕には心の師匠が遺してくれた書物があるのだから……。

 弟子の僕は、「睡姦のススメ」をすでに網羅してある。
 イザベラが眠っている間に全てが終わっているから。どうか、許して欲しい。初体験としてはノーカンになるはずだ。
 そして、変わらず僕を愛してほしい。

「大丈夫、絶対に魔王を倒すから、だから、ご褒美の前借りだということにしておこう」

 僕は独り言て笑った。
 イザベラへの本当の想いが見つかった気がする。

 愛の形に性別など関係ない。

 もしも、イザベラが男になったとしても、僕は変わらず愛するだろう。

 イザベラが僕を抱きたい。と言ったら僕の答えは決まっている。

 でも、きっと、イザベラはシャイで慎ましい性格だから僕にこう言うだろう。

「……月が綺麗ですね」

 と、だから僕はこう答えるのだ。

「ケツ洗って待ってる」

 と……。

 イザベラよ。どうか、僕の深い愛を受け止めてほしい。

 気がつけば、僕はイザベラの寝室に侵入していた。

 イザベラは、心地良さそうに、すぴすぴと寝息を立てていた。
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