モブ令嬢へのジョブチェンジは失敗しました

師匠の教え


「俺、何が大切なのかわかった気がする」

 レオンは、夢見心地で目を閉じている。
 すでに童貞じゃなくなったからなのか、余裕そうでムカつく。

「何が大切なんだ?」

 苛立ち混じりにそう聞き返すと、レオンは余裕そうな雄の笑みを浮かべてこう答えた。

「男に大切なのは、サイズでも硬さでもなくてテクだって」

 レオンは、いかにも童貞卒業したばかりの男が言いそうな事を言い出した。
 それ、マジカの前で言う事じゃないからな。酷くないか?
 マジカは、気まずそうな顔をして俯いている。
 自分の身体を使った事を間接的に自慢されているのだ。あまり気分のいいモノではないだろう。
 
 大切なのは、「ナニがしたい」ではなくて「誰としたい」か。だ。

 房中術の書の中に記されていた事が頭の中に浮かぶ。

 そこに……愛はあるんか?

 レオンは、ちゃんとマジカの事を愛しているのだろうか。

「……大切なのは、相手を思いやる気持ちだ」

「そうですね。やっぱり兄貴には敵わない」

 レオンは、そう言って笑い出す。
 僕は本当にこれでいいのかと思い始めていた。
 なぜなら、レオンがしていることは、童貞を卒業したいがために手っ取り早い相手としたように見えるからだ。

 ……それよりも、何よりも、僕は、僕よりも先に童貞を卒業したレオンが許せなかった。
 その上での、テクがどうのなどというマウンティングをとってくるところ。苛立ちに拍車をかけてくるのだ。

 こいつを膝から崩れ落ちさせるためにはどうしたらいいのか……。
 マジカを好きだと言っているが、女になったからこそ、好きになったようにしか見えない。
 それに、マジカはそもそもどうなりたいのだろうか。

「マジカ、呪いは解きたいか?」

「今はわからないです。戻りたいのか戻りたくないのか、それに、戻る方法もありませんし」

「そうか」

 曖昧な返事だ。
 戻りたいのか、戻りたくないのか、はっきりと言えばいいのに。
 チャンスがあれば戻りたいそう言っているように聞こえる。

 マジカの様子からこれを諦めて受け入れているように感じた。

 僕はどうしたらいいのだろう。

 放っておくのが一番なのだろう。だがしかし、レオンの自慢話を聞かされるのは正直嫌だ。

 絶望させて膝から崩れ落ちて欲しいのだ。

 そのためには、マジカを男に戻す必要がある。

 どうやって?

 そもそも、戻すことができないのだ。戻しようがない事をどうすればいいのか。

 ……戻すことができないなら戻さなくていい。

 僕はある事を閃いた。

 そうだ、マジカに男体化の呪いをかけよう。

 幸い、師匠よりも僕の方が魔法の才能がある。
 
 いつしか、僕はあの露出狂の淫魔の事を心の師匠と呼ぶようになっていた。
 自分で殺してしまったけれど、知らなかったのだから無罪だ。

 僕は、僕よりも先に童貞を卒業したレオンを絶望させたかった。

 僕は、男体化の呪いについて少しずつ研究を始めた。

 その間、三時間おきに、マジカとレオンが盛っている。
 テントから聞こえてくるマジカの喘ぎ声に、僕は何度かイザベラのところへと行こうとしてしまう。

 ダメだ。イザベラが起きていたら、僕はその場で襲いかかってしまう……!

 実は、もう何年も起きているイザベラと会話をしたことがなかった。
 ボディートークもしているし、夢の中で何度も会っているからあえて手紙も出していない。
 我慢できず、イザベラの手紙に僕の分身(精子)を練りつけて送りつけようと何度かしそうになったがやめた。

 イザベラが僕の精子で自慰をして妊娠したら大変だからだ。

 寂しい時は、イザベラのドロワーズを使って自分を慰め続けた。
 どれだけ君でシコっても、この精子は君の子宮には届かない。1億2000万の命は4000万も君には伝わらない。

 レオンが童貞卒業して1週間後、僕は男体化の呪いを完成させた。

 僕は、レオンとヤリまくって疲れて眠っているマジカにこっそりとそれをかけた。
 ちなみに二人は全裸で抱きしめ合ってテントの中で眠っていた。

 目が覚めた時、彼らは今まで通り愛し合えるのだろうか。

 少し見ものだ。

 僕は二人が気がつくのをワクワクしながら待っていた。

「マジかぁ!!」

 レオンの雄叫びが聞こえた。
 やっと気がついたようだ。
 チームワークが壊れる理由のほとんどが異性関係からくるモノだ。
 僕はそれをよく知っている。
 だからこそ、僕はそれを正したのだ。

「ランスロット!」

 レオンが血相を変えて僕のところにやってきた。

「レオンどうした?」

 僕は素知らぬ顔をして、首を傾ける。

「マジカが、男になってしまった!」

「いや、元々男だろ」

 いかにもマジカが今まで女性だったかのような物言いに、思わず突っ込んでしまう。

「そうだけど、そうだけど」

 レオンは、しどろもどろになりながら、あわあわとしている。
 それは、そうだろう。マジカが男になって幸せが崩れ去ってしまったのだから。
 これから彼はどうするつもりなのか、まあ、マジカを捨てるのだと僕は思うが。

「レオン、僕は男に戻ってしまったけど……」

 マジカは、悪霊のように顔色を悪くさせてレオンの服の袖を掴んだ。
 レオンは今まで散々愛し合った相手の腕を振り解くのだろうか。
 どうやって言い訳を重ねて別れ話に持ち込むのか、僕は内心で楽しみにしていた。

「……えっと、あの、その、別れるって選択肢なんてそもそもないけど……?」

 レオンは、どうしたんだ。と言わんばかりにマジカの手を握りしめた。

「は?」

 僕は予想の斜め上をいく展開に瞬きした。

「いや、その、女になる前からずっと気になってたんだ。だけど、その、男同士だろ?気持ち悪がられたら怖くて言えなかったんだ」

「……マジか」

 僕はガチでレオンがマジカの事が好きだったのだと知り驚いた。
 もしかして、余計なことをしてしまったのかもしれない。

「れ、レオン……!ぼ、僕も、その上をやりたい」

 マジカのカミングアウトに、レオンはしばらく固まり顔を真っ赤にさせた。

「え、えぇっ!?そうなのか、え、凄く嬉しいよ。いいの?俺で、本当に?」

 レオンは、なんだか嬉しそうだ。
 仲間の信じられない姿に僕のタマがヒュンした。

 こ、こいつら、放っておいても勝手にくっついていたのか!?

「……ケツ綺麗にしないとな」

「僕も……」

 二人はテントの中に消えていった。
 残された僕は膝から崩れ落ちた。

「クソ、男に戻っても変わらないじゃないか!」

 僕は四つん這いになり、地面を力一杯殴りつける。
 ……別れさせたかった。
 僕よりも先に童貞を卒業したレオンを苦しめてやりたかった。

 だけど、まさか、マジカもこれで僕よりも先に童貞を卒業するなんて。

 どうしたらいいのか……。

 それよりも、僕は二人の思いの強さに打ちのめされたような気分になっていた。

 二人の思いは本物だったのか……。

 そこに、愛はあったのだ。

 不意に、イザベラがもしも男だったら愛していたのかと、頭の中に疑問が浮かぶ。
 彼女への愛に嘘はない。それなのに、僕は不安になっていた。
 揺るがないはずの愛が揺らぎ始める。

 僕は……、どうしたら。
 
「どうしたの?ランスロット?」

 吐気がするほどの甘い声。
 それは、最近存在すら忘れていた聖女のものだった。 
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