【シナリオ】フレグランス・ブライダル
香りの部屋
〇マンション・入口

自動ドアを通り、セキュリティロックされている次のドアを開けるため結真がカードキーを差し込み暗証番号を入力している。
このようなマンションに入るのが初めてな維香はソワソワと周囲を見回していた。

維香「で、でも本当に良かったのかな? いきなりこんなずぶ濡れの人連れて行って、桜井くんの家族ビックリしちゃうんじゃない?」

緊張を誤魔化すようにヘラッと笑って話す。
そんな維香にロックを外した結真は顔だけで振り返りなんでもないことのように言った。

結真「ん? ああ、それは大丈夫だよ。俺、一人暮らしだから」
維香「へ?」

思っていなかった事実にポカンと間抜けな顔をする維香だったが、スタスタと歩いていく結真を慌てて追いかける。

維香「ひ、一人暮らしって。それこそ私行ってもいいのかな?」
維香(まさか変なことしないよね?)

不安は心の中に留めたが、結真は察してしまったらしい。
呆れた目を向けられた。

結真「取って食ったりしないって言っただろ? さっきも言ったけど、聞きたいことがあるんだ。あと、確かめたいこともある」
維香「確かめたいこと?」
結真「……」

そこから先は答えず、さっさとエレベーターに乗る結真。
そのまま“開く”ボタンを押し、維香を待っていた。

維香(桜井くんは人嫌いだし、変なことはしないよね?)

軽く意を決した維香は結真の待つエレベーターに乗り込んだ。


〇マンション・結真の部屋の前

ガチャリと開けられたドアから結真と維香が中に入る。
シンプルな白のシューズボックスがあり、整頓されていて清潔感のある玄関だ。

結真「ちょっとここで待ってろ」
維香「あ、うん」

靴を脱ぎながら待てと言う結真に頷く維香。
部屋の奥に向かった結真は、維香が傘やリュックを置いているうちに戻って来た。

結真「ああ、荷物はとりあえずそこ置いとけよ」

戻って来た結真は、新品っぽいタオルを維香に手渡す。

結真「先着替えてくるから、立花はとりあえずそれで簡単に拭いといて」
維香「あ、うん。わかった」

タオルを受け取り、少し黙る維香。

維香「……桜井くんって、結構親切なんだね?」
維香(《氷の魔王》なのに、意外)

結真「は? 別に普通だろ?」
維香「ま、まあ……でも教室でいつも不機嫌そうな桜井くんからは想像できなかったからさ」

少し失礼なことを言っているという自覚があるからか、誤魔化すように維香は人差し指で頬を掻き笑う。

結真「……ま、俺は他人に近寄られるの好きじゃないからな」
維香「あ、じゃあ私も近づかない方が――」
結真「でも、立花は大丈夫だから」
維香「え?」
結真「聞きたいことがあるって言っただろ? 気にしないで親切受け取っておけよ」

そう言ってまた奥に向かう背中に、維香はお礼を言った。

維香「ありがとう」
結真「おう」

背中を向けたまま片手を上げお礼の言葉を受け取った結真はそのまま奥の部屋に消える。

結真がいなくなってからタオルで髪を拭き始めた。
長めではあるがロングボブの髪を拭き終わると、すっかり濡れたパーカーも押し当てるように水分を吸収させていく。

維香(厚手のパーカーで良かった。下着は死守出来てる)

下着が無事だったことに安堵した維香は、ふといい香りがすることに気付いた。

維香「……なんか、いい香りがする」
維香(柑橘系の、爽やかな香り……)

香りに誘われるように目を向けた場所はシューズボックスの上。
そこに置かれているリードスティックが数本挿されている小瓶が香りの元だった。

維香「こういうタイプの芳香剤ってやっぱりオシャレだよねぇ……どこで買ったんだろう?」

まじまじと小瓶を見ていると、結真が戻って来る。

結真「待たせたな」

*結真:暗めのトレーナーはそのまま。下は黒の細身のスラックス。

戻って来た結真はマスクも取っていて、キレイな素顔をさらけ出している。
切れ長な目は涼し気で、通った鼻すじ。
顎のラインは造形物のように均整がとれていて、すらりとした引き締まった体もモデル体型だ。

維香は思わずドキッとしてしまう。

維香(うわっ、やっぱりカッコイイな……これは確かに《氷の魔王》なんて呼ばれていても好きになっちゃう子はいるかも)

結真「ん? どうした?」
維香「あ、ううん。これ、どこで買ったのかなって思って」

見惚れたのを誤魔化すように芳香剤に視線を戻した。

維香「いい香りだし、私も欲しいかなって思って」
結真「ああ、それは買ったんじゃなくて俺が調香(ちょうこう)したんだ」
維香「へ?」

驚き結真の顔を凝視する。
だが、結真は表情を変えず中に入るよう促した。

結真「シャワーすぐ使えるから、上がれよ」
維香「あ、うん。ありがとう」

靴を脱ぎ結真について行く。

維香(ちょうこう……調香ってことは、桜井くんがあの香りを作ったってこと?)
維香「……なんだか意外」
結真「は?」

思わず呟いた維香に訝し気な顔を向ける結真。
そんな彼に維香は笑って謝った。

維香「あ、ごめん。桜井くんが調香とかってイメージ全くなかったから」
結真「そうか? 俺の親の会社考えたらそこまで意外じゃないと思うけど……」
維香「へ? 桜井くんの親の会社?」

キョトンと少し間抜けな顔になる。
結真は逆に少し驚いた表情。

結真「……なんだ、知らなかったのか? 結構有名だと思ったんだけどな」

維香(え? 有名なの?)

結真「佳織堂(かおりどう)って聞いたことあるだろ? 洗剤とかの」
維香「うん。結構色んな商品出してるよね? 消臭剤からアロマ、あと香水もあったっけ?」

維香(確か、香りに関係する商品にはほぼ関わってるメーカー。完全メイドインジャパンで、ちょっとした芳香剤でも千円くらいするお高い商品のイメージ)

維香「……まさか、その会社が?」
結真「そ。今は俺の父さんが社長をしてるかな」
維香「つまり、桜井くんは御曹司ってやつ?」

御曹司の言葉にどこか複雑そうな表情を見せ結真は頷いた。

結真「……まあ、そうなる」
維香「……まじか」

肯定の言葉に静かに驚く維香。
驚いている間にバスルームに案内される。

結真「じゃあここが脱衣所。汚れた服洗濯機入れたらそのままスタートで回して。洗剤は自動で投入されるから」
維香「うん」
結真「あとシャツとジャージのズボン置いといたから、とりあえずそれに着替えとけよ」
維香「分かった。ありがとう桜井くん」
結真「ああ……ちゃんとカギかけとけよ」

一通り説明をすると結真はリビングの方へと消えた。

維香(シャワー借りて、洗濯と感想終わるまでなったら何時になるんだろう? 今何時だっけ?)

バスルームに取り残された維香は、時間を確認するためパーカーのポケットに入れてあったスマホを取り出す。

維香「ん? あれ?」

電源ボタンを何度押しても画面が明るくならない。

維香「……あれ? もしかして濡れたせいで故障しちゃった?」

維香(困ったなぁ、友だちはいなくても、バイト関係の連絡はスマホがメインなのに)

維香「仕方ない、明日ショップに行ってみよう」

そのままスマホを着替えが置いてあるカゴに置き、服を脱ぎ始めた。

維香「とりあえずシャワー借りよう。寒くなって来たし」
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