【シナリオ】フレグランス・ブライダル
契約結婚
〇結真のマンション・リビングダイニング
結真に手首を掴まれ、腰を抱かれ、首筋から匂いを嗅がれている維香。
顔が赤い。
維香(ちょっと、本当に……)
片手で結真の胸を押すがビクともしない。
維香(いつまでこの状態なの⁉)
維香「ちょっと、そろそろ離れて……」
結真「ん……でももうちょっと」
匂いを堪能するように結真は目を閉じたまま維香の耳元で囁く。
維香「んっ」
頬を掠る髪に思わず声を漏らし、身じろぐ維香。
維香(本当に恥ずかしいんだってば! なんとか離れてもらわないと……)
気を逸らしたくて周囲に視線をやると、ダイニングテーブルに苺のショートケーキが出されていることに気づく。
八等分にカットされたケーキだが少し大きめで、上には苺の他に『HappyBirthday』と書かれたチョコプレートのトッピングがある。
維香「あのケーキ……」
結真「ん? ああ、立花が持ってたケーキだよ。箱濡れてて持ち上げたら破れそうだったから。とりあえず出しといたけど……今食うか?」
維香の呟きに結真も顔を上げてダイニングテーブルを見る。
結真「ああいうのはその日のうちに食べないと味落ちるだろ?」
結真は今の今まで恥ずかしいことをしていたのに、その自覚はないのかケロッとした様子で聞いて来る。
頭は離れてくれたが、手首は掴まれ腰に手を当てられたままの状態。
維香(桜井くんの確かめたい事ってのは終わったんだから、もう帰りたいんだけど……)
チラッとまだ掴まれている手首を見る。
維香(確か話したいこともあるって言ってたし、なんだか疲れたし……甘いもの食べたい)
維香「……そうだね」
疲れた様子で結真の言葉に同意した維香。
すると結真は維香の手を離しダイニングへと向かう。
結真「じゃあ座っとけ。紅茶くらい淹れてやるよ」
維香「ありがと」
言われた通りケーキの置かれた席に座る維香。
手際よくカップを用意したり作業をする結真を珍し気に見た。
維香(……桜井くんって、思ってたほど怖い人じゃないんだな)
(学校では《氷の魔王》なんて言われてるけど、匂いが平気だったら普通に優しい人なんだ)
安心したように笑みを浮かべていると、結真が紅茶を持ってきてくれる。
結真「座れよ。……ほら、ダージリンだ。クセのない茶葉だし大丈夫だと思うけど」
維香「うん、ありがとう」
そのまま結真は向かい側に座る。
維香「じゃあ、いただきます」
手を合わせてからフォークを持った維香は、ケーキの先端部分を切り取り口に運ぶ。
維香(うん、美味しい)
笑顔でもぐもぐしている維香を見ながら自分の紅茶を飲んだ結真。
カップを置いて話し出す。
結真「で、もしかして今日誕生日なのか?」
維香「え?」
結真「ケーキのチョコプレートに書いてあるから」
ケーキを指差す結真。
維香「うん、そうだよ。このケーキ、バイト先の店長の奥さんが用意してくれたんだ」
維香は嬉しそうに話して苺にフォークを刺し、口に運ぼうとする。
だが、次の結真の言葉でピタリと手が止まった。
結真「家族は、祝ってくれねぇの?」
維香「……」
維香の顔から笑顔が消え、苺を刺したままのフォークを下ろす。
維香(一応、真矢と須美さんが家族なんだろうけど……私の誕生日なんて覚えてないだろうな)
結真「……悪い、意地悪な質問だったな」
無表情で黙り込む維香にそう声をかけた結真。
続いた言葉に、維香は驚きハッと顔を上げる。
結真「立花の家の事情は少し調べたからある程度は把握してる」
維香「え? 調べた?」
結真「ああ……ちょっと、俺にとっても必要なことだったから」
少し気まずげな結真は、確認するように話を続ける。
結真「両親が亡くなって、叔父に引き取られて。その叔父も二年前に亡くなったんだって?」
維香「……そうだよ」
結真「それで今は叔母と、その叔母の連れ子だった義理のいとこと一緒に住んでるんだよな」
維香「うん」
結真「で、お前はその叔母といとこに搾取されてる」
維香「そこまで知ってるんだ?」
聞かれたことに淡々と頷いていた維香だったが、最後の言葉には少し驚く。
結真「うちの顧問弁護士に頼んでちゃんとしたところに依頼して調べてもらったんだ。書類偽装して、そいつらがお前の親が残した遺産食いつぶしてるってことも知ってる」
維香(なんでそこまでして私のこと調べたの? なにが目的なの?)
眉を寄せ警戒する維香。
そんな維香に、結真は少し呆れた表情で真っ当なことを口にする。
結真「立花……お前さ、そんな家なんで出ねぇの? 警察とか、役所とか、訴えればその叔母さん一発でアウトじゃん」
維香「っ!」
結真「学校でもいとこに変な噂流されてるんだろ? なんで黙ってんの?」
維香「……」
痛いところを突かれたように一瞬黙った維香は、諦めるような息を吐き自嘲の笑みを浮かべた。
維香「そうだね……実際私もあんな家出ちゃえばいいって思ってるよ。……でも」
フッと笑みが消え、恐怖を耐える表情になる。
自分を抱くように腕を回し、ギュッと掴んだ。
維香「一人の家は、怖いんだ」
〇回想・四年前・維香の家
維香モノローグ「両親が亡くなって、葬儀も終わって。叔父さんの家に引っ越すまでの数日だけだったけれど、私は家に一人でいた」
ダイニングテーブルの椅子の背もたれに手を置き、疲れたように息を吐く維香。
*中学の制服、ブレザー。
ふと顔を上げてリビングダイニングを見回すと、数日前まであったはずの笑顔の両親の幻覚が見えた。
だがすぐに誰もいない、シーンと静まり返った暗い部屋に変わる。
維香「っ!」
今にも泣きそうな表情。
そのままキッチンや玄関の方を見る。
人の気配のない家にゾクリと恐怖を覚え、自分を抱き締めた。
維香モノローグ「両親のいなくなった家は、思っていた以上に寂しくて冷たくて……ひたすら怖かった」
〇回想終了
〇結真のマンション・ダイニング
テーブルに置いたままのカップに指を添えたまま真面目な顔で維香の話を聞く結真。
維香「桜井くんの言う通り、須美さんを訴えれば一発でアウトだよ。でもそうなったら私は一人で暮らさなきゃなくなる。誰も帰ってこない家に一人でいられる自信がなくて……怖いんだ」
暗い話をしてしまったので、暗さを誤魔化すように困り笑顔を見せる維香。
だが、少し気まずくなって視線を下に下ろす。
淹れてもらった紅茶に自分の顔が映った。
維香(怖がりだって、臆病者だって思われたかな?)
結真「ふーん……じゃあ、ここに住めば?」
維香「へ?」
予想外の言葉に維香が顔を上げると、結真は変わらず澄ました顔で続ける。
結真「俺と結婚して、この部屋で俺と住めば?」
すぐには理解出来ず一瞬固まる維香。
維香「け、結婚⁉」
驚きで見開かれた目で維香は叫ぶ。
結真「俺、《佳織堂》を経営してる家の御曹司だって言っただろ?」
維香「え? あ、うん」
突然話題が変わった気がして戸惑いつつ頷く。
結真は真剣な目で維香を見つめながら続けた。
結真「その家の跡取りになるには試験があってさ、特殊な香りを調香しなきゃならないんだ」
維香「はぁ……」
手の平を上に片手を上げ説明する結真。
なにが言いたいのか分からないといったふうにとりあえず頷く維香。
結真「で、その詳細はある条件をクリアしないと教えてもらえないんだ」
維香「ある条件?」
結真「ああ。それが結婚してパートナーを得ること」
言い終えると同時に立ち上がる結真。
リビング側にあるチェストから紙を取り出し戻ってくる。
結真「だから立花と結婚出来れば俺としても助かる」
維香「……契約結婚ってこと?」
結真「そうだ。立花は今日で十八歳になったんだろ? 俺はもう十八になってるし、お互い成人してるからなんの問題もない」
結真は持ってきた紙を広げてテーブルの上に置いた。
それは結真の名前が記入された状態の婚姻届。
結真「どうだ? 悪い話じゃないと思うけど?」
笑みを浮かべ少し首を傾げる結真。
その顔を見て、婚姻届に視線を戻した維香は呟く。
維香「……まじか」
結真に手首を掴まれ、腰を抱かれ、首筋から匂いを嗅がれている維香。
顔が赤い。
維香(ちょっと、本当に……)
片手で結真の胸を押すがビクともしない。
維香(いつまでこの状態なの⁉)
維香「ちょっと、そろそろ離れて……」
結真「ん……でももうちょっと」
匂いを堪能するように結真は目を閉じたまま維香の耳元で囁く。
維香「んっ」
頬を掠る髪に思わず声を漏らし、身じろぐ維香。
維香(本当に恥ずかしいんだってば! なんとか離れてもらわないと……)
気を逸らしたくて周囲に視線をやると、ダイニングテーブルに苺のショートケーキが出されていることに気づく。
八等分にカットされたケーキだが少し大きめで、上には苺の他に『HappyBirthday』と書かれたチョコプレートのトッピングがある。
維香「あのケーキ……」
結真「ん? ああ、立花が持ってたケーキだよ。箱濡れてて持ち上げたら破れそうだったから。とりあえず出しといたけど……今食うか?」
維香の呟きに結真も顔を上げてダイニングテーブルを見る。
結真「ああいうのはその日のうちに食べないと味落ちるだろ?」
結真は今の今まで恥ずかしいことをしていたのに、その自覚はないのかケロッとした様子で聞いて来る。
頭は離れてくれたが、手首は掴まれ腰に手を当てられたままの状態。
維香(桜井くんの確かめたい事ってのは終わったんだから、もう帰りたいんだけど……)
チラッとまだ掴まれている手首を見る。
維香(確か話したいこともあるって言ってたし、なんだか疲れたし……甘いもの食べたい)
維香「……そうだね」
疲れた様子で結真の言葉に同意した維香。
すると結真は維香の手を離しダイニングへと向かう。
結真「じゃあ座っとけ。紅茶くらい淹れてやるよ」
維香「ありがと」
言われた通りケーキの置かれた席に座る維香。
手際よくカップを用意したり作業をする結真を珍し気に見た。
維香(……桜井くんって、思ってたほど怖い人じゃないんだな)
(学校では《氷の魔王》なんて言われてるけど、匂いが平気だったら普通に優しい人なんだ)
安心したように笑みを浮かべていると、結真が紅茶を持ってきてくれる。
結真「座れよ。……ほら、ダージリンだ。クセのない茶葉だし大丈夫だと思うけど」
維香「うん、ありがとう」
そのまま結真は向かい側に座る。
維香「じゃあ、いただきます」
手を合わせてからフォークを持った維香は、ケーキの先端部分を切り取り口に運ぶ。
維香(うん、美味しい)
笑顔でもぐもぐしている維香を見ながら自分の紅茶を飲んだ結真。
カップを置いて話し出す。
結真「で、もしかして今日誕生日なのか?」
維香「え?」
結真「ケーキのチョコプレートに書いてあるから」
ケーキを指差す結真。
維香「うん、そうだよ。このケーキ、バイト先の店長の奥さんが用意してくれたんだ」
維香は嬉しそうに話して苺にフォークを刺し、口に運ぼうとする。
だが、次の結真の言葉でピタリと手が止まった。
結真「家族は、祝ってくれねぇの?」
維香「……」
維香の顔から笑顔が消え、苺を刺したままのフォークを下ろす。
維香(一応、真矢と須美さんが家族なんだろうけど……私の誕生日なんて覚えてないだろうな)
結真「……悪い、意地悪な質問だったな」
無表情で黙り込む維香にそう声をかけた結真。
続いた言葉に、維香は驚きハッと顔を上げる。
結真「立花の家の事情は少し調べたからある程度は把握してる」
維香「え? 調べた?」
結真「ああ……ちょっと、俺にとっても必要なことだったから」
少し気まずげな結真は、確認するように話を続ける。
結真「両親が亡くなって、叔父に引き取られて。その叔父も二年前に亡くなったんだって?」
維香「……そうだよ」
結真「それで今は叔母と、その叔母の連れ子だった義理のいとこと一緒に住んでるんだよな」
維香「うん」
結真「で、お前はその叔母といとこに搾取されてる」
維香「そこまで知ってるんだ?」
聞かれたことに淡々と頷いていた維香だったが、最後の言葉には少し驚く。
結真「うちの顧問弁護士に頼んでちゃんとしたところに依頼して調べてもらったんだ。書類偽装して、そいつらがお前の親が残した遺産食いつぶしてるってことも知ってる」
維香(なんでそこまでして私のこと調べたの? なにが目的なの?)
眉を寄せ警戒する維香。
そんな維香に、結真は少し呆れた表情で真っ当なことを口にする。
結真「立花……お前さ、そんな家なんで出ねぇの? 警察とか、役所とか、訴えればその叔母さん一発でアウトじゃん」
維香「っ!」
結真「学校でもいとこに変な噂流されてるんだろ? なんで黙ってんの?」
維香「……」
痛いところを突かれたように一瞬黙った維香は、諦めるような息を吐き自嘲の笑みを浮かべた。
維香「そうだね……実際私もあんな家出ちゃえばいいって思ってるよ。……でも」
フッと笑みが消え、恐怖を耐える表情になる。
自分を抱くように腕を回し、ギュッと掴んだ。
維香「一人の家は、怖いんだ」
〇回想・四年前・維香の家
維香モノローグ「両親が亡くなって、葬儀も終わって。叔父さんの家に引っ越すまでの数日だけだったけれど、私は家に一人でいた」
ダイニングテーブルの椅子の背もたれに手を置き、疲れたように息を吐く維香。
*中学の制服、ブレザー。
ふと顔を上げてリビングダイニングを見回すと、数日前まであったはずの笑顔の両親の幻覚が見えた。
だがすぐに誰もいない、シーンと静まり返った暗い部屋に変わる。
維香「っ!」
今にも泣きそうな表情。
そのままキッチンや玄関の方を見る。
人の気配のない家にゾクリと恐怖を覚え、自分を抱き締めた。
維香モノローグ「両親のいなくなった家は、思っていた以上に寂しくて冷たくて……ひたすら怖かった」
〇回想終了
〇結真のマンション・ダイニング
テーブルに置いたままのカップに指を添えたまま真面目な顔で維香の話を聞く結真。
維香「桜井くんの言う通り、須美さんを訴えれば一発でアウトだよ。でもそうなったら私は一人で暮らさなきゃなくなる。誰も帰ってこない家に一人でいられる自信がなくて……怖いんだ」
暗い話をしてしまったので、暗さを誤魔化すように困り笑顔を見せる維香。
だが、少し気まずくなって視線を下に下ろす。
淹れてもらった紅茶に自分の顔が映った。
維香(怖がりだって、臆病者だって思われたかな?)
結真「ふーん……じゃあ、ここに住めば?」
維香「へ?」
予想外の言葉に維香が顔を上げると、結真は変わらず澄ました顔で続ける。
結真「俺と結婚して、この部屋で俺と住めば?」
すぐには理解出来ず一瞬固まる維香。
維香「け、結婚⁉」
驚きで見開かれた目で維香は叫ぶ。
結真「俺、《佳織堂》を経営してる家の御曹司だって言っただろ?」
維香「え? あ、うん」
突然話題が変わった気がして戸惑いつつ頷く。
結真は真剣な目で維香を見つめながら続けた。
結真「その家の跡取りになるには試験があってさ、特殊な香りを調香しなきゃならないんだ」
維香「はぁ……」
手の平を上に片手を上げ説明する結真。
なにが言いたいのか分からないといったふうにとりあえず頷く維香。
結真「で、その詳細はある条件をクリアしないと教えてもらえないんだ」
維香「ある条件?」
結真「ああ。それが結婚してパートナーを得ること」
言い終えると同時に立ち上がる結真。
リビング側にあるチェストから紙を取り出し戻ってくる。
結真「だから立花と結婚出来れば俺としても助かる」
維香「……契約結婚ってこと?」
結真「そうだ。立花は今日で十八歳になったんだろ? 俺はもう十八になってるし、お互い成人してるからなんの問題もない」
結真は持ってきた紙を広げてテーブルの上に置いた。
それは結真の名前が記入された状態の婚姻届。
結真「どうだ? 悪い話じゃないと思うけど?」
笑みを浮かべ少し首を傾げる結真。
その顔を見て、婚姻届に視線を戻した維香は呟く。
維香「……まじか」