知人の紹介で
「お嬢ちゃん。私と代わろうか。ここで注文していいよ」

 少女よりも前にレジに並んでいた男性が千景たちの間に突然入ってきたかと思うと、千景と若者たちの間で身動きできなくなっていた少女に優しく声をかけた。

「……いいの?」
「どうぞ。それじゃあ、この子の注文聞いてあげてください。私はまたあとで来ます」

 男性はレジにいる店員にそう言い伝え、少女をレジ前へと移動させる。その男性の行動に店員は何度か頭を下げ、「すみません。ありがとうございます」と言って恐縮したあと、少女の注文を聞きはじめた。

 千景も若者たちも突然現れたその男性に反応できないでいれば、彼はなんとも冷たい声で双方に正論を浴びせかけてきた。

「いい大人がこんな場で騒がないでくれ」

 若者たちはそれにばつが悪くなったのか、「もう行こうぜ」と言ってそそくさと店を出ていく。

 一方の千景は、冷たく言い放ったその男性が、あの日、自分が誤って罵倒してしまった人物だと気づき、前回以上の冷や汗をかいていた。だって、よかれと思ってやったこととはいえ、またしても千景はこの男性に迷惑をかけてしまったのだから。

 あのとき日野浦和巳と名乗ったその男性は、千景のすぐ真横まで来ると、千景にだけ聞こえる声で、グサッと心に突き刺さる言葉を放った。

「子供を怖がらせてどうする。もっと周りのことも考えろ。単細胞が」

 彼はそれだけ言うとすぐに店を出ていってしまった。千景は今回も何も言えずじまいだった。


 レジ前には少女と千景だけが残っている。

 少女が先に注文を済ませ、自分の番が来て、千景も注文に入るがどうにもいたたまれない。本来コーヒー一杯を注文する予定だったが、店へ迷惑をかけた詫びも兼ねて、千景は比較的高めのドリンクを二つとフードも適当に注文した。

 商品受け取り口で待つ間、同じく商品が来るのを待っていた少女に「怖い思いさせてごめんね」と謝れば、少女は「割り込み怒ってくれてありがとう」と礼を言ってくれたから、千景はかえって申し訳なかった。あの男性の機転に感謝せねばなるまい。千景はまたもや複雑な気分になったのだった。
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