知人の紹介で
 その日、千景はランチを手早く済ませようと、店内で軽食を取るつもりで、空いている座席を探していた。奥のほうまでよーく目を凝らして空いている場所を探すが見つからない。今日に限ってすべての席が埋まってしまっている。これはもう諦めてコンビニでパンか何かでも買って戻るしかないかと、肩を落として帰ろうとしたまさにそのとき、すぐ近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「おい、そこに座れ」

 声の主はあの男、日野浦和巳だ。自分の目の前の席を目で示しながら、座るように言っている。どうやら相席をしてくれるらしい。

 この男から施しを受けるのは癪だが、遠慮するものそれはそれで面白くなくて、千景は「どうも」とだけ言って、向かいの席を使わせてもらうことにした。

 相席とはいえ、最近はずっと不干渉を貫いていたから、特に会話をすることもなく、千景はさっさと食事を済ませ、和巳よりも先に店を出た。


 相席のやり取り以外一言も話さなかった二人だが、なぜだかこの日を境に和巳は千景を自分の席へ呼ぶようになった。それは店が混んでいようといなかろうと関係ない。千景の姿を見つけると、ただ一言「座れ」と言って自分の向かいを指してくる。

 千景にはそれに応じる義務も必要性もないのだが、変に対抗意識を燃やしてしまって、千景も毎回「どうも」と言って、向かいに座るのが当たり前になった。

 自分でも何をしているんだと思ってしまうが、もうあとに引けなくなっていたのだ。

 そして、そんなことが続いていくと少しずつ少しずつ会話が生まれて、いつの間にやら千景は日々のあれこれを和巳へ語るのが習慣になってしまった。

 和巳は千景の話に対してしっかりと相槌は打つものの、自分から何かを話すことはなく、時折千景のことを小馬鹿にして笑う以外はずっと聞き役に徹している。たまには和巳の話を聞く側に回りたいと思わなくもないが、あの日野浦グループの人間だと思うと下手に話を振ることはできなくて、いつも一方的に話して終わる。
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