好きとは言わない誓約です

3 4月の約束

今から遡ること五ヶ月。


私が甲斐の書いた誓約書に署名をしたのは、高校の入学式の帰り道だった。


あの日、ミナミは親と帰ると言うので私は甲斐と二人で帰宅することに。


ママと甲斐のママは入学式が終わると二人でランチに行ってしまい、私たちのお昼ご飯はどうなるんだと愚痴を言いながらのんびり歩いていた。


甲斐は背が高くて、ちょっとチャラついたとんがった髪型だし、(私の好みではないけど)割と整った顔をしてるので結構目立つ。

だから本当は入学早々二人で帰るのなんて変な噂が流れそうで嫌だったけども。


でもとにかくマナのことを問い詰めなくては! と私はそわそわしていた。


校門を出て、下校の生徒がほとんどいないところまで歩いてから、私は唐突に言った。

「もう! 甲斐は知ってたんでしょ? マナが私たちと同じ高校だってこと!」


甲斐はたいして動じもせずに、「えー。さーどうだったかなー」と言った。


「絶対知ってたでしょうよ! マナ、自己紹介でサッカー部の練習に春休みから参加してるって言ってたよ。甲斐もじゃん」


「へー菜月のクラス、今日自己紹介したのか。早いな。うちは明日だって」


「あーそうそう。なんか始業式のすぐ後にね。保護者も見てる中で緊張したわー。……じゃなくて」


私は甲斐の胸ぐらを掴んでやった。すると「分かった分かった」と甲斐が苦笑いしながら私の腕をタップした。


「マナと学校一緒だって、別に俺からいちいち言う必要もないだろ。そもそもなんで俺が菜月にマナの情報流さなくちゃいけないんだか」

と、甲斐はブーブー言いながらワックスでカチカチの頭を握る。

「というかさ、菜月、マナのこと好きなの?」


はあ? と私はギョッとして、隣をダラダラ歩く甲斐を見た。

「え。今更?」


ジュニアユースの時、マナの誕生日やら兄弟やら彼女の有無、練習での様子に至るまで、毎日のように散々きいてくる私についてどう思っていたのか。


もうとっくに中二の頃から、私がマナを好きなことなんてバレバレだろうと思っていたので、あえて口にすることもなかった。


「今更って。マナのこと好きだとは聞いてなかったし」


「いや、流石に察してると思ってた」


「ふーん」と甲斐はつまらなそうに言って無言になった。


え、ほんとに気がついてなかったとかあり得るのかな? あんなに私マナのこと甲斐にききまくってたのに?


「で、マナが好きで、どうすんの?」

しばらく黙って歩くと、甲斐は小さい声で言った。


「え? えーっと。とりあえずは行動しなきゃね。せっかく同じクラスになったんだし」


「何するつもりだよ」


「何って、告白しかないじゃん」

私がちょっとウキウキとそんなことを言った時、甲斐が急に立ち止まった。


「甲斐? どうしたの?」


「おい。ちょっとさ、あそこ寄ろうぜ。この中のジャングル公園」

甲斐は通りかかった大きな池のある公園の入り口を指差した。


「え、いいけどお腹空いた」


「どっちみち今帰っても母さんたちまだ帰ってないだろ」

そう言って甲斐はずんずんと公園の中に入って行ってしまった。


そして木製のアスレチックがある遊具広場まで来ると、甲斐はベンチに座った。


「わーここ懐かしいね。お兄と甲斐が私のことよく置いてけぼりにしたとこだ」


甲斐は無反応。


「どうしたの? なんかさっきから変だけど」


「菜月さ、マナに告白しない方がいいよ」


私はびっくりして甲斐の顔を見た。ふざけてるのかと思ったら、あら? 真面目な顔。


「なんで?」


「いや、それは……」


言いかけて、また甲斐は黙った。こんな真剣な雰囲気の甲斐は初めて見た。

いつもだいたい適当か悪ノリしてるだけなのに。



「それは?」と続きを促すも、足元を見たまま甲斐フリーズ。なんなんだ一体。


そして待つこと十分くらいかな。ようやく顔を上げた甲斐が、ブン!と勢いよく私の顔を見た。


「菜月さ」


「はい」


「あの……」


…………。


またフリーズかい! と私は流石にイラッときて甲斐の頭をはたいた。

「何回止まるのよ。もーほんとにお腹空いたし帰るよ」

と私が立ち上がると、甲斐は慌てて私の手を引っ張った。


「待て待て。いや、だからさ、その。マナに告白すんなよ。マナはな、告白してくる女が一番嫌いなんだよ」


甲斐の手を振り切ろうとしていた腕の力を緩め、私は振り返った。


「え。なにそれ。モテ過ぎて?」

なにその王子様的贅沢発言!


「特に、自分の内面も知らないような初対面の女に告られると、相手がどんなに可愛かろうが気持ち悪がる! これはジュニアユースの時に実際にあったから確かだ」


「がーん」と私は普段なら絶対言わないようなダサめの擬音でリアクション。

「まあ、でもそうだよね。突然知らない人に告白されてもね……。確かに勝手に家族構成とか好きなものとかリサーチ済みの女とか、本人がいないとこで勝手にマナ呼びしてる女とか、一目見たくて幼馴染をとことん利用して毎回試合観に行ったりしてる女なんて、気持ち悪いか……」


「うぉい。心の声漏れてるぞ」


「あ、しまった」と私は口をつぐんだ。


「つまりだ。菜月が告白したら100%フラれる。これは決定的だ。フラれてもいいのか? せっかく同じ高校、しかも同じクラスになったのに、初っ端から玉砕していいのか? その後の学校生活を想像してみろ」

ビシーッ!と甲斐は私の顔を指差した。


……なんかこいつ、さっきよりえらく活力に満ち満ちてきてないか?
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