鏡と前世と夜桜の恋
一方、咲夜は屋敷の中でただ1人、狂気と向き合うため冷めた目をして立っていた。
戸が閉まる音、雪美が必死に戸を叩いていると背後から何者かの足音が近付く… ゆりねだった。
「… 行きましょう、雪美様」
雪美は屋敷の外へ追い出され、戻ることは許されなかった。
――それでも。

" さくに会えた "
それだけで雪美の胸は満たされていた。
「この時間ならバレず京へ戻れるかと思います、咲夜様の安否は私共が見張っていますので、ご安心下さい」
「ありがとうございます… 」
政条家の内通者… ゆりねの存在は薄々知っていた。雪美は感謝の気持ちを込め、深々と頭を下げる。
「雪美様」
「は、はい… 」
「咲夜様は、雪美様のことを誰よりも愛してますよ。雪美様に対する、咲夜様の愛は本物です… この先何があっても絶対離れないで下さい」
「… っ」
ゆりねに付き添われ駅まで向かい、1人京へ戻る列車の中、雪美は嬉し涙を浮かべながらそっと刺された腕を抱き締める…
さくを守れた、さくとお揃い… 痛みより優しい温もりが残っていた。
-- 翌日。
陽菜の執着はさらに歪み、深く、暗く沈んでいく。咲夜と雪美の想いが確かであるほど、その狂気はより強く、より凶悪に膨れ上がっていった。
咲夜さんが追い出した、確かにあの子を陽菜の目の前で、追い出した。
それなのに胸の奥で何かが蠢き、爪で内臓を引き裂くような感覚が消えない。
(まだ… 足りない)
あの子は血を流しただけ。なのに咲夜の腕に触れ、抱きしめられ、微笑まれた。
陽菜にとって許せるはずがない。
「… ねえ、咲夜さん」
障子越しに囁く… 返事はないがそこに居るのは分かっている。

「ゆきちゃん… 痛そうだったわね」
わざと甘い声で言う。
「でも不思議… あの子、刺されたのに笑ってた」
障子に、指を這わせる。
まるで咲夜の肌をなぞるように。
「普通怖がるでしょ?泣くでしょ?あれが、愛?」
障子の向こうで、空気が凍った。
「… あの子は痛みを貰える事が嬉しいの。咲夜さんの代わりに傷つけられる事が幸せ」
咲夜は黙って陽菜の話しを聞いていたが次の瞬間
「だから消さなきゃ… 」
そう言って笑う陽菜に咲夜は恐怖を覚え、慌てて障子を開ける。陽菜の手には雪美の血が着いたままの短刀があり咲夜の肩に深く深く沈んだ。