鏡と前世と夜桜の恋
-- 人を壊すのは刃だけではない。
-- 愛を名乗る狂気こそ最も残酷なもの。
突き飛ばされはおすずは真っ裸のまま転がり、咲夜は乱れた着物を直し部屋を出ようとする。
「私を突き飛ばすなんて許さないよ… お前は私に刃向かった、お前の大切な物は全て奪ってやるからね… 」
怒りのあまりその場でドスドスと足踏みをするおすずを無視し、咲夜は屋敷を後にし、ゆりねと合流した。
「なぜここにゆきがいる!あいつは京に送ったはずだ!」
「雪美様… 申又様の目を盗み、少しの間ですがこちらまで来たと仰っていました。今日も来ています、咲夜様のお姿を一目でも見ようと… 」
ゆりねの言葉が途中で途切れる。
「… 今なら。汽車に、間に合うかもしれません」
その瞬間、世界が反転した。
考えるより先に咲夜は走り出していた。
おゆりを残しその場から飛び出す。肺が焼け、傷口が裂ける感覚がしても止まれなかった。
――まだだ。
――まだ、行くな。
汽車は、いた。
白い蒸気を吐きながら、まるで別れを知っているかのように、ゆっくりと。
「ゆき――――っ!!」
喉が裂けるほどの叫び。
その声に応えるように、窓が開いた。
そこにいた。
痩せた頬、潤んだ瞳。
それでも確かに、生きている雪美…

「…さく…!!」
咲夜は汽車に追いつき、震える手で頬に触れた。
「ゆき、すまぬ… すまぬ…!」
涙が止まらなかった。
守れなかった、連れて行けなかった。
それでも生きていてくれた。
雪美も泣いていた
それでも、微笑もうとする。
「良かった、良かった… 本当に… 」
声が、震える。
「私は… 大丈夫です。いつまでも… 待ってるから」
その言葉は約束であり誓いの言葉。
汽笛が鳴る。
低く長く、別れを告げる音。
汽車がゆっくりと動き出す。
2人は離れまいと必死に手を握った。
指が絡み、温もりが伝わる。
――このまま、時が止まればいい。
だが、汽車は無情だった。
速度が上がる。
腕が引き伸ばされ、指先が滑る。
「… っ」
手が、離れた。
「さく!!」
雪美が叫ぶ。
「さく、さく…!!」
その名を、何度も、何度も。
咲夜は走り続けた、追いつけるはずもないのにただ手を伸ばし続けた。
汽車はやがて蒸気の向こうへ消えた。
残ったのは握りしめたままの、空の手と
胸に刻まれた、どうしようもない約束。
――待つ者と、戻れぬ者。
この一瞬の再会は
2人にとって救いであり、同時に再び生き延びる為の残酷な理由にもなった。