鏡と前世と夜桜の恋
おすずはその様子をじっと見つめ、低く問う。
「… “ ゆき、柔らかかったな ” じゃああの言葉はなんなんだい」
咲夜は鼻で笑った。
「誰も“ 今日 ” とは言っていない。思い出して、言葉が漏れただけだ」
咲夜は視線だけで2人を見下ろす。
「お前達が勝手に思い込んで、大騒ぎしたんだろ」
その場に重たい沈黙が落ちた。
心の底に沈んだ疑念は、光の届かぬ闇の中で形を持たないまま蠢いている…
座敷の空気が、わずかに甘く歪んだ。
おすずは声を荒げ陽菜は目を潤ませながら言葉を重ねる。その一つ一つが、咲夜の思い描いた通りの順で零れ落ちていく。
――やはり、こう来るか。
咲夜は伏せたままの視線で、二人の様子を静かに映していた。
驚いたふりも宥めるふりも必要ない。ただ、沈黙を保つだけで、相手は勝手に感情を膨らませていく。
おすずの苛立ち。
陽菜の焦りと独占欲。
そのどれもが用意された駒だった。
口元が、わずかに緩む…
ほんの一瞬、誰にも気づかれぬほどの笑み。
(後は… )
咲夜は心の中で呟く。京にいる申又の姿がはっきりと思い浮かんだ。
あの男は、聞けば黙ってはいられぬ。権力とプライドを盾にしながら、結局は自ら火の中へ足を踏み入れる奴だ。
知らせは、既に届いているはず。
あとは申又が己の意志で動き出すのを待つだけ。
行灯の灯が揺れ、影が壁に伸びる。
咲夜はその影を眺めながら心の奥で静かに笑った。
盤は整った。役者は、もうすぐ揃う…